グレーゾーンに対して法務が取るべき対応は? #萌渋スペース
南海之帝為儵北海之帝為忽中央之帝為渾沌◯儵与忽時相与遇於渾沌之地◯渾沌待之甚善◯儵与忽諜報渾沌之徳曰人皆有七竅以視聴食息◯此独無有◯嘗試鑿之◯日鑿一竅七日而渾沌死
ベイクド・アラスカという菓子がある。Wikipediaによれば「アイスクリームの周りにケーキ生地をのせてメレンゲで覆い、焼き目をつけた菓子」とある。結婚式などで、調理の最後にお客の面前でブランデーなどの蒸留酒をかけて、フランベするところを、部屋の灯りを消して演出するということが、よく行われている。
昔は自由にやっていたらしいのだが、あるときから消防署への届出が必要になった[i]らしい。
この話を聞いて、最近は大変だということを大学出たばかりのころ学生時代の友人に話したことがある。霞が関の官庁に就職したその友人は即座に「規制緩和だね」と言った。元々ルールの適用がはっきりしていない中に、手続きを定めてできるようにする、というのが霞ヶ関的には「規制緩和」という概念で理解されているのだと、そのとき知った。
1. はじめに―グレーゾーンとは?
法規範は抽象的な命題の形を取る以上、具体的な行動が規範に準拠しているか否かについては、程度の差はあれ、解釈という営為が不可欠である。解釈の結果、社会的に見て異論がない(と社会において受け入れられている)のであればよいが、規範からは具体的な可否が一義的に定まらないという領域も一定程度存在する。
これをいわゆる「グレーゾーン」と呼ぶが、多くの場合、グレーゾーンで問題となってくるのは、取締法規において、ライセンスの要否、行為準則の具体的適用について、適用がよく分からない状況を指す。私法上の行為の法的有効性についてもグレーゾーン[i]はあるが、グレーゾーンの解消には、新規の立法的手当てか、確定判例が出てくるのを待たなければいけない。規制当局の見解をもってグレーゾーンの解消が期待できる取締法規の議論が中心となっている。以下では、取締法規におけるライセンスの要否および行為準則の具体的適用を中心にグレーゾーンについて考えていくことにしよう。
2. どうして「グレーゾーン」が問題となるのか?
グレーゾーンが問題となるのは、法令の規定ぶりが実態に追い付いていない、特に規制制定時には想定してない事象[ii]が出てきた場合が典型的だろう。また、立法当時に存在した状況を変えるつもりがないのに、一見それを禁止するような立法がなされた。そのため特段の規制もされず、一定期間経過してしまった[iii]場合にも、問題となる。
そもそも規定が抽象的過ぎて、解釈の幅が大きい場合には、グレーゾーンが問題となる可能性が高い。特に、従来は問題視されていなかった状況に対し、グレーゾーンの弊害が社会問題化したり、既得権益が新興勢力を排除するためなどに行政に突き上げたりした結果、行政が取り上げる場合などに、グレーゾーンが問題化する。
3. グレーゾーンとして企業側が取るべき対応とは
このようなグレーゾーンに当たる事業を進めようと思ったときに、企業側としてはどうするべきか。あるいは、事業担当者から相談を受けた企業内法務担当者としては、どのような回答をするべきなのか。
この点について、「コンプライアンス上、グレーのままで、当局に全く相談することなく事業を進めるという選択肢は、法令遵守が厳格に求められる上場企業や上場企業の取引先企業としては取るべきではない[iv]」として、都度監督当局に何らかの相談をするべきだという意見を見た。
「んなこと言われたらアンタ、往生しまっせ〜。」
第1に、ある種の規制の所轄官庁は、権益を極大化することに熱心であり、問い合わせを奇禍として、規制対象に含めてくるような意向を示しがちな場合がある。ここに相談に来れば、まさに飛んで火にいる夏の虫である。また、グレーゾーンを「解消」すること自体が目的化する官庁や経済団体の煽りに乗って、実務上使い勝手の悪い線引きがなされても、「明確になったからよかったですね」と言われてしまうこと[v]もある。
第2に、条文の出来が悪く(規制法を慣れない議員立法で改正した場合などにしばしば起こる。また、役所により立法能力の巧拙に差がある。租税法律主義に鍛えられた財務省系とヌルヌルの旧内務省系とでは、おのずと条文の精度に差がでてくる。)、機械的適用をすると政策目的が達成できない場合や、不合理であることはわかっているものの様々なしがらみから改正ができない場合[vi]に、規制官庁が合目的的に謙抑的に運用している場合がある。ここで実質的に空文化している規制について、官庁に適用除外であることの明言を求めれば、逆に文言に反するとして否定されてしまうことがあり得る。
第3に、一定の資質の人がやるのであれば特段問題はないと思われるが、解釈が独り歩きして潜脱・濫用する者が出てくるのではないかと、規制官庁が警戒する場合がある。時によっては、特定の業界団体限りで規制官庁が解釈を示すこともあるが、それを超えて、解釈を公開することを求めれば、敢えて安全策しか言わないということがある。
第4に、官庁ごとに、規制される業界との関係はさまざまである。業界団体とwin-winの関係を築き、健全な業界育成を図るという志向のところと、ユーザー保護が前面に出て、業者はその反射的利益を得るいわば必要悪のような存在なので、事あれば規制強化して懲らしめてやらないと何するかわからんという志向のところがある。後者のような規制官庁にお伺いを立てるとどうなるのか。必要悪の業者にはできる限り厳格な解釈を示すということもあるだろうから、このような官庁への紹介はできる限り慎重に、「絶対大丈夫」な解釈に限るという戦術があり得るところだが、逆に敢えて確認する必要はあるのかということにもなる。
第5に、今までも言及してきたが、法令の文言上は抵触するように思われても、大方において、立法目的からも実務上も問題ない領域が「グレー」というのであれば、仮に絶対安全な領域を明文で認めた反動として、残りのエリアのグレーの色の濃さが増してしまうという反作用がある。結果的に、今までお咎めなしであまり心配していなかったことが、却って違法の虞があるのではないかと怯える羽目になってしまう。
どうすればいいのか
(1) 規制官庁に過剰な警戒感を持たせない・負荷を与えない、規制官庁・規制の動態を知る
最終的にやっぱり当局を確認するという際には、極力規制官庁に警戒感を持たせないことが重要である。規制が必要な趣旨に当たるような運用はしないとか、一般ルールとして官庁にリスクを持たせない配慮が必要である。
官庁ごとに組織や規制のありよう[vii]が異なる。新参者にはなかなか伺い知れないが、周囲への聞き込みなどで、できる限り理解しておく。普段付き合いのある規制官庁がある場合には、別の官庁がそれと同じと思わないこと。
(2) グレーの度合いを分析し、リスクに応じた対応をする
そもそも、グレーの度合は一様ではない。
- 規制の明文の文言とは齟齬があるが、実態としては全く違う運用がなされており、かつ、取締実績もない水準
- 実体としては法令と違う運用がされているが、大体のところは黙認されているものの、競合者等の指摘があれば、処分もあり得る水準[viii]。言い換えれば、誰かに文句を言われない限り規制官庁としては積極的には動かない
- 法令と異なる運用が散見されるが、規制当局が認知すれば処分する水準
このうち、企業として進めていいと判断できるのは1(及び2のごく一部)である。これを無理に明文の解釈を求めた結果、合法だと規制官庁が明言する領域を作ると、残りの部分が限りなく2や3に近づいてしまう。
企業としての目的は、やりたいことができる、ということであって、法令解釈を明確化することは単にそのための手段に過ぎない。上記の分析の結果、敢えて規制官庁に確認するまでもないと判断したら、無理に確認する必要はない。法務担当者は怖いかもしれないが、「大丈夫」ということ、責任を負うことに対する怖さを克服して、「まぁええんとちゃいます?」と言える自信を持つようになりたいものだ。
あれ、これって、前回の「外国法準拠法なのに、当該国の弁護士に確認しないで契約審査するか」と同じ問題ではないか。何でもかんでも準拠法国の資格ある弁護士の確認を求めることなく、土地勘をつかんで、ここまでなら敢えて外部の確認なく進めていいという判断を、大方の企業内法務担当者はしているはずだ。なぜ同じことが新規事業の監督官庁との関係でもできないのか、改めて見直しできるものはないのか、考えてみる必要があるのではないか。
改めて「コンプライアンス上、グレーのままで、当局に全く相談することなく事業を進めるという選択肢は、法令遵守が厳格に求められる上場企業や上場企業の取引先企業としては取るべきではない」という思考が、本当にクライアントたる所属企業のためなのか、単に法務担当者として気持ち悪い、落ち着かないという程度のことなのか、突き詰めるべきではないだろうか。
[i] 日本組織内弁護士協会(JILA)監修、里・木村・江崎・江黒・矢田編著『企業法務のための規制対応&ルールメイキング ビジネスを前に進める交渉手法と実例』(ぎょうせい、2022年)(以下「JILA」)で紹介している事例で言うと、SMSによる債権譲渡対抗要件の可否(181頁)や、電子署名法の改正提言(245頁)が該当する。ただし、電子署名法については、立法そのものでも判例形成でもなく官庁による行政解釈によって私法上の法的判断についてデファクトルールが形成されたという珍しい例である。
[ii] 例えば、先日のスペースで、ソーダストリーム引越問題という話が出てきた。今時、ソーダストリームがある家庭は通常になっているが、引っ越し荷物で運ぼうとすると、高圧ガス移動基準が満たせないからか、拒否されてしまうということのようらしい。
[iii] 例えば、仙台初売り(公取が特例を認めている)、デートレーディングをする個人投資家、複数の株式を保有し、取得・売買を行う法人(対公衆性がないとか、自己のポートフォリオの改善を目的とする場合は金商業に含まれないとする金融庁のパブリックコメント回答あり)、複数の不動産を取得し、売却する個人や会社(正面切って監督官庁に聞くと業に該当すると言われるものの、取り締まる気配はない)など。一応、前2つはグレーとは言わず、最後の事例のみグレーと言うのだろう。
[v] 民泊を巡るこちらの分析参照。
[vi] 過去の例(大スキャンダルになって幹部の首が飛んだとか)、政治力ある業界団体の存在、国会、特に与党政調との関係とか。例えば、M&Aが会社の株式売買で行われる場合の仲介業の金商業該当性について、明文の規律が設けられることは、なぜかない。
[vii] 事務官と技官/キャリアとノンキャリの関係。特に規制の実質はノンキャリ・技官が握っているか。ノンキャリ・技官が実務を行っている場合、がっちりルールを決めているところ(典型が戸籍事務、登記事務)と場当たり的に判断し統一解釈を示さないところがある。
[viii] 例として、大分県のある地域においては、保健所は法律違反だとしているがフグの肝が出される料理屋があると聞いたことがある(数年前まではあったようだが、今は知らない)。
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