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05/20/2023

『Q&A若手法務弁護士からの相談199問』を読む(3・完) #萌渋スペース

引き続き、法務パーソン編から。

  1. 上司や後輩との関係

Q82から103までが上司や後輩との関係について。上司と部下ではなく「後輩」という言葉を使うところに、「若手」の立ち位置が示されている。先輩、同僚があまり出てこない[1]のはなぜだろう。

上司との関係については、かなり精緻かつ具体的である。筆者が部下時代に上司がこうあってほしかった、こうあってほしくなかったという経験と、上司として、部下にこうあってほしいという願望がかなり投影されているのではないか。

法務パーソンにとっての上司として、本書は法務についての知識・経験があり、かつ、所属先企業のビジネスや組織に通じていることを前提にしているように思われるが、そのような存在は必ずしも当たり前ではない。ナイスであるかそうでないかにかかわらず、法務についての経験はないが、企業のビジネス・組織には通じた(他部署から異動してきたばかりの)上司や、法律には通じているが、所属先企業の内部事情には疎い(インハウスとして法律事務所や他の企業から転職してきたばかりの)上司という存在も、よく見るところである。一人法務や小規模法務の場合、もしかしたらその両方がない上司に巡り当たる可能性だってある。したがって、まず上司がどのタイプなのかを見極めたうえで、法律かビジネスかいずれかしか通じていないときは、先輩や同僚で逆の専門性を持つ人を補完的に頼るということが求められるはずだ。昨今の企業内法務の人材流動性から考えると、そのことは若手法務パーソンにとって、知っておくべき事項として記載してほしかったところである。

Q98で「後輩は『信じられない程できない』」とあるが、この書き方には違和感があった。もちろん、自分ができるからではなくて、自分ができなかったことを忘れてしまうからだ、という断りがあるものの、自分だったら、自分が悩んできたことが伝わらないことや、初任の苦労をもう忘れてしまったことに絶望してしまう。相手ができないというように感じるのは傲慢か、信じられないほどできる人なのではないかと思う。

他方、Q149 では「できないのにイライラして強く当た」る(p.186)という記載があり、「信じられない程できない」と感じるという記載とはニュアンスが異なる。Q149は、後輩の育成について、法律事務所内を想定した記載であるが、企業内と法律事務所内とを分けて記載するほどの違いはなく、両方の執筆者間で調整して、トーンを合わせた方がよかったのではないか。

 

  1. 迅速対応、困った人対応

Q104から114までが、迅速対応について、Q105から123までが困った人への対応について。ここの記載にはそのとおりだ、という感想しかない。名人芸が言語化されているが、これを真に理解し実践できる人がどこまでいるかは、わからない。できるところからやっていくしかないという絶望感も持ってしまう。

 

  1. ビジネスを止めるとき

Q124から129までがビジネスを止めるべき時の対応について。企業によるだろうが、「止める」という言葉には違和感がある。ビジネスのオーナーシップは事業部門ないし経営者にあるのであって、法務はリスクの提示や止めるべきとの意見勧告はできるけれども、最終的には(納得づくか、渋々かは別として)事業担当者、事業部門の責任者、経営者が止めると判断するから止まるのではないだろうか。止めるというのは傲慢、あるいはビジネスを下に見ているのではないか。

全体として、本編の記載は、ほぼ同一の問題意識に従って書かれており、かつ、企業法務における案件の進め方の神髄について言語化がされている。他方、この記載だけでは、直ちに法務の達人になれるわけではない。この内容をもとに、的確な指導を受けて実践をしていくことが、企業内法務担当としての「若手弁護士」が成長するためには必要であると感じた。

 

続く第3編「キャリア編」は、第1章が「法律事務所所属の若手弁護士」(この用語が第1編の「顧問弁護士」と何が違うかは明言されていない。)としてのキャリア、第2章がインハウス(弁護士資格があることが前提)、第3章がキャリアアップとして社内価値と市場価値とを上げるためのノウハウ、第4章がテクノロジーとの付き合い方となっている。

1章と第2章とが若手弁護士を対象としているとあるが、第1編同様、名宛人が設問ごとにどんどん変わる。事務所の経営戦略・マーケティング(Q136)、ブランディング(Q137)、事務所経営(Q152-155)、共同経営(Q158)、事務局員の解雇(Q159 )は、「若手」弁護士対象とするには違和感があり、無理に突っ込んできた感[2]が否めない。

2章インハウスと第3章キャリアアップは、内容的には第2編法務パーソン編と対をなすものである。特に、社内におけるキャリアップ(例えばQ178から182)は、法務パーソン編に移し、新しく転職してきた際にどう組織になじむか(法律事務所から企業に転職した際の企業の特徴を含む)、どういうときに転職するべきか、転職のメリットとデメリットとしてキャリア編を整理したほうがわかりやすかったのではないか。なお、自分が転職経験がないからかもしれないが、比較的短期に転職を繰り返すことのリスクについては、もう少し詳しく説明しておいた方がよいと感じた。転職を通じてより望ましい働き方や処遇が実現できれば良いが、短期に転職を繰り返し、処遇がジリ貧になっていく例もある[3]。簡単に転職できると思って、転職先を安易に選び、簡単に辞めていくということが増えていけば、企業における法務パーソン全体に対する信用が落ちてしまうことを危惧する。

 

これ以下は、バラバラとコメント。

Q174のインハウスとしてのWLB(ワークライフバランス)は、Q19の顧問弁護士への週末作業押し付けと併せて読むと、法律事務所の弁護士からは相当な異論があるような気がする。

勉強についてのQ188は基本的には法曹資格がない人を対象とした回答に見えるが、「若手弁護士からの」という本書の題名からはぶれている。

Q189の法律資格以外の推奨資格が英語、会計、ITというのに加え、インハウスにとってはその業界に即した資格を追加したほうが良いと思った。技術系とか、勤務先の免許業に関連した資格などである。

4章テクノロジーとの付き合い方は、以前紹介した松尾剛行先生の「キャリアデザインのための企業法務入門」第11章と比較してみると面白い。企業の外の松尾先生の分析の方がより具体的な題材を用いているのに対し、企業内にいる筆者の書いた本書の記載の方が、より、心構え的な記載に特化しているのはなぜなのだろうか。

 

以上、3回にわたって取り上げてきて、いろいろ厳しいことも書いたと思うが、それだけ良い本ということであり、本書には、十分に取っ組み合って、スキルアップ・キャリアアップしていくためのヒントが多く書かれている。

おそらくコロナ禍の中、筆者たちはひざ詰めで目線をそろえる機会があまりなかったのだろうと思われ、それに伴う目線のずれが散見されたが、改訂版では、十分に議論して記載の問題意識やメッシュをそろえていただくか、あるいは、顕名記事として、筆者たちの個性をより伸ばしていく記述をしていくかのいずれを取るかで、ずいぶん違った様相を見せてくれるのではないかと思う。楽しみである。

 

 

[1] 114ページに「上司、同僚の進め方から学ぶ」「最初は、上司や先輩と一緒に同じ案件に入ることが多い」という記載があるが、先輩や同僚について、そのあと議論が展開されていない。また、129ページにナイスでない上司にあたったときに先輩・同僚に相談するという記載がある程度である。さらに第3編キャリア編に初めて部下を持つ際の心構えが1問だけ(Q182)ある。

[2] 即独であれば若手であってもあるかもしれないが、内容的にはそこにとどまるものではなかった。

[3] 特に40代後半以降、マネージャー以上のポスト以外は転職市場で狭くなってきたときに、どうキャリアアップ・維持をしていくのかという点は、若手のうちから意識しておいた方がいいと感じる。そうなってからでは遅いのだ。その点、230ページの転職のリスクの記載はややあっさりし過ぎとの感を受けた。

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