『Q&A若手法務弁護士からの相談199問』を読む(1) #萌渋スペース
#萌渋スペース の萌声担当、われらがdtk先生が共著者となった『Q&A若手法務弁護士からの相談199問』が去る3月末に発行されました。dtk先生からは献本をいただき、誠にありがとうございます。せっかくの機会なので、この本をきちんと読みこんで批判するのが礼儀だろうと思い、ゴールデンウィークを使って考えてみました。
これをもとに #萌渋スペース を行おうとしたのですが、なかなかの長文になってしまったので、まずはこちらで公表し、これをもとに #萌渋スペース でお話をすることにしようと思います。
最初に言っておくと、題名の「若手弁護士からの相談」という題名に相反して、それなりの経験を持った企業法務担当者(管理職を含む)にとっても、今まで漠然と考えていたことが見事に言語化されていることから、大変に示唆に富む書籍である。新人は新人なりに、ベテランはベテランなりに、本書を味わうことができると思う。以後いろいろと厳しいことを書くが、良書であることは、強調しておきたい。
本書は、「Q&A若手弁護士からの相談〇〇〇問」シリーズ第3弾である。第1弾(374問)はしがきにおいて、「①若手弁護士が簡単に調べにくい問題、②本を読んだだけでは不安に思う問題、そして③あまり本に書かれていない問題」を扱い、そして、第2弾(203問)でもこの編集方針は継続された。
しかし、本書はそれが明言されていない。大方の設問が「若手弁護士」から[1]というよりは、著者自身の問題意識の表れから書かれているように感じる。
著者は、第1弾から連続して書かれている「司法研修所教官等の経験を持つベテラン弁護士である京野」先生、第2弾から加わった「企業内の法務部門で日々模索を繰り返してきたronnor」こと無雙先生、そして本書から共著者に加わった「日米の弁護士資格として企業法務パーソンとして現在上場企業法務部門長を務めるdtk」こと國寶先生の筆によるものであるが、3名の共著者のうち、2名が企業内の法務従事者であることが、この本の立ち位置を規定しているように思われる[2]。
さて、署名にもなっている想定読者層である「若手」とは、どのような層を言うのかについて、冒頭で軽く触れておくことは有益だろう。
無雙先生のツイートによれば、
- 「若手」として「新人」としていないところにそのようなターゲティングの含意があります、
- 個々の法務パーソンがどのようによりよく仕事ができるか、というのが本書のスコープであり、法務部門長がいかに法務という組織を経営陣に信頼されるものにするか、は本書のスコープから外れます。
ということであるから、ここでいう「若手弁護士」とは、後輩がいる年次ではある(実際に後輩の有無を問わない)が、管理職として労務管理をする立場ではない、ということであろうか。大体登録後2、3年目から10年くらいまで、年齢にして30代というところか。
しかし、今後述べていくように、読者をそのような「若手」と必ずしも意識していない記述がみられるのも、本書の特徴となっている。
第1編は「顧問弁護士編」と題し、「(法律事務所所属弁護士を念頭に置いた)顧客との関係での悩みについて」扱う。「法律事務所に所属し、主に顧問弁護士という形で依頼者と関わる若手弁護士」(p.1)を対象とする。
若手弁護士で顧問弁護士というのはどういうことなのか?
よほど富裕層でもない限り、個人からの顧問というのはない(そして、「若手弁護士」がそのような富裕層の顧問になるということも稀)以上、「顧問弁護士」というのであれば、依頼者は企業等の法人を念頭に置いているはずである。しかし、いきなりQ2に「一般民事の依頼者」と出てくる。このあたりが「顧問弁護士」という切り口とどう絡んでくるかがわかりづらかった。「一般民事の依頼者」系の相談では、Q12(報酬算定)、Q29(独立当初の依頼者確保方法、Q30-32(依頼者からの受任・辞任、リピーターとなるために)があるが、「顧問弁護士」で「若手弁護士」という想定読者層から、どうしてこのような質問が出てくるのか。
自分の見えている世界のことだから、異論は全面的に認めるが、企業における「顧問弁護士」とは、経験のある、もはや「若手」とは言えない弁護士が多いので、「若手弁護士」とは顧問弁護士をボスとする事務所に所属する弁護士だという印象[3]がある。そのような事務所に勤務して、個人受任案件として一般民事の依頼者からの案件がある弁護士を広義の「顧問弁護士」として読者層として想定しているということなのだろうか?それとも、ITやベンチャー系の新興企業において、若年の弁護士が継続的に受任する形態として「顧問弁護士」となっているのであろうか?「顧問弁護士」というくくりが、著者たちのいかなる考えに基づくのか、本書の記載からすれば、やや混乱するように見えた。
Q3、4は、依頼者からの無茶ぶりにどう対処するかという質問だが、回答にはいずれも「法務」の意向を確認しよう、とある。このことから、ここでいう依頼者は「法務」を有する企業であることがわかる。本編における「法務」は原則として「依頼者の法務担当者」を意味する(p.1)からである。
しかし、自分の経験上、企業からの相談において、ほとんどの弁護士は、目の前の相談者が何を求めているか、という観点から助言を行っている。目の前の相談者が、法務とは異なる意向で動いているとは思わない。
加えて、企業における法務の役割が、弁護士との相談の品質管理を遍く行う、というのも自明ではない。金融機関の多くは、弁護士への依頼、相談はフロントの独自判断で行われ、法務の介在はないことの方が通例[4]である。そのほか、法務が関与しない弁護士依頼は、例えばM&Aへの経営企画部門とか、労務問題への人事部門とか、ある程度普遍的に存在する。また、そもそも企業の中に法務機能を持たず、事業担当者が直接弁護士に相談する例も多い。
筆者らは、依頼者のビジネスプロセスを理解することの重要性を説いている。その中で、弁護士への依頼に対する法務の関与のあり方も含まれるはずである。そこで、そもそも依頼者企業にどのような組織があり、仮に法務が存在するのであれば、その企業内法務が外部弁護士に対してどのような権限を有するのかという点について、いくつかの類型を示すことがQ3、4の前提として必要であったのではないだろうか[5]。
Q24は #萌渋スペース でも扱われた國寶先生のこちらのブログ記事をもとにした記事であると思われるが、元のブログ記事は、「外の弁護士との付き合い方」についての検討であり、企業の中から見た外の弁護士の見え方であって(p.31でも「上場企業等のある程度経験豊富な法務の目線で」説明する、とある)、このような区分が、法律事務所の弁護士において有用なのかはよくわからない。「顧問弁護士編」に置くのであれば、もう少し京野先生の見解を反映してほしかった。このQに限らず、実は企業側からの記載を顧問弁護士編に載せているのではないかと思われる記載が本編にはあって、読んでいて視野がぐるぐる変わるので、通読していると混乱するところがある。もう少し徹底して「顧問弁護士」としての視点を固定してほしかった。
Q26において、法務の究極の依頼者は法務部門長であるとしているが、これはやや疑問。法務部門としての見解・立場、あるべき姿を常に法務部門長が体現しているとは限らない。企業には、法務としての専門性がない他部門からの異動者である法務部門長、当該企業での法務経験の短い転職者である法務部門長もいるのであって、担当者の方が正しいということも、それほど稀ではないと思われる。そういう場合に、上位者に阿った助言を行うことで、法務部門自体に動揺が走る、弁護士への信頼が落ちるということもある。ここはやはり、できるだけ依頼者の実態を踏まえた上で自分が正しいと思ったことを言う方が、望ましいのではないか[6]と思う。
また、若手弁護士が法務部門長に意向を確認する機会は、小規模法務でない限り、それほどないのではないか[7]。
本編の最後のQ34では、法律事務所のパートナーの立場も書いてあるが、これも「若手弁護士」という本書の内容からは逸脱するので、もう少し補足が必要だったと思う。
全体として、本編は、個々の回答の内容はともかく、雑多な情報がQごとにあまり整理されていない形で所収されており、視点の固定や、想定する読者の知っている知識の範囲の画定など、もう少し詰めて欲しかったという感想を持たざるを得ない。
長くなったので、第2編「法務パーソン編」は、稿を改めることにする。(次回はもう少し褒めちぎりたい)
[1] 第1弾では、実際に著者に寄せられた質問を編集しているとあったが、第2弾、第3弾となるにつれて、この色彩は薄まっているように思われる。
[2] 著者の一人は「『弁護士』とついていますが、約半分は『法務担当者』向け」と言っている。
[3] 認知が歪んでいることは全面的に認めるが、自分にとっての「顧問弁護士」像は、①相談数が減っても顧問料は下がらず、②顧問の権益に胡坐をかいて、新しい論点、難しい問題の相談をしてもはぐらかし、③顧問契約を切ろうとすると、偉い人に取り入って抵抗する人というものである。幸いにして、勤務先の実際の顧問は、小回りが利いて会社の事業を知悉し、リスクを一緒に取ってくれる弁護士だが、そのような弁護士は顧問に限らず他にもいるので、顧問弁護士固有の特徴となれば、上記のような印象を持たざるを得ない。
[4] 明らかに適法と思われない行為を糺すのは、法務部門ではなくて、内部管理(コンプライアンス)部門であり、法務はせいぜい訴訟と新規事業の適法性審査に限定した権限を有するべきだ、という意見を、かつて金融機関の「コンプライアンス指導」を助言するコンサルタントから訳知りに言われたことがある。
[5]「顧問弁護士」の視点ではなく、企業内法務として、法務かくあるべし、ということを言いたい、というのであれば、こちらの記載はよく理解できる(法律事務所弁護士からは奇異に見えると思われるQ19の回答も、顧問弁護士の視点ではなく、「企業内法務の立場」から書かれている)。しかし、この記載が「顧問弁護士編」の中にある以上、本文のような感想を持つに至った。
[6] 全体的に本書においては、理想の法務、理想の法務部門長がいるんだ、という想定をデフォルトとしているように思われる。若手弁護士が顧客として取り扱う企業は、そのようなものだけではないと思う。
[7] 企業法務の入門書でも、法務の新人が法務部門長から直接指導を受ける、という設定が多いが、部員5名未満の小規模法務組織は別として、中規模以上の法務組織の場合、実際そんなことは多くないのではないかと思う。部門長が新人に直接指導するということは、メンター役の先輩法務担当者は信用していないというように映るから、基本的には相当抑制しているはずだと思う。他方、『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』25頁によれば、2020年時点における対象調査会社1,147社の50.5%にあたる579社が法務組織の規模が5名未満とあるので、少人数法務から見た景色の方が一般的な見方かもしれない。先日GVA manageの説明を聞いたところ、基本5名程度以下の小規模法務組織を前提としている(受注を受けているのもその規模)とのことだったのも、マーケティングとしてあるいは適切ということか。
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