『Q&A若手法務弁護士からの相談199問』を読む(2) #萌渋スペース
前回からの続きとなります。第2編「法務パーソン編」です。
第2編「法務パーソン編」は、第1編と異なり、章立て、視座などよく練られていると感じる。なお、「弁護士ではない一般の法務パーソンにとっても有益なものと考えます」(p.47)とある通り、本編は「若手弁護士」というよりは、若手法務パーソンという視点で書かれている。
- ビジネスへの理解
まず、Q35から48は、法務パーソンはまずビジネスパーソンであるべきであるという考えに基づき、筆者の考える理想の法務パーソン論が展開される。
ビジネスを前に進めること、「できるだけビジネスサイドの期待する本質的な部分を残しながら、適法に実現されるための方法を考える」(p.48)これを、パートナー機能と呼ぶが、これに加えて、ガーディアン機能も果たさないといけない。ガーディアン機能とは経産省在り方研令和報告書の定義を引いてきて「法的リスク管理の観点から、経営や他部門の意思決定に関与して、事業や業務執行の内容に変更を加え、場合によっては、意思決定を中止・延期させるなどによって、会社の権利や財産、評判などを守る機能」とする[1]。記載されている分量がパートナー機能部分よりもガーディアン機能・リスク管理の方が長く、詳細になっていることから、筆者らとしては、法務の機能はリスク管理を中心とするガーディアン機能が基礎であると考えているようである。
そして、法務機能を発揮するためには、法務パーソンは、内外の関係者の協力を得ながら、法的な判断をしていくことが必要とされる。法的知識については、同僚や顧問事務所[2]の協力を得ながら「法務の素養のあるビジネスパーソン」になっていくことが求められる。最低限の知識を得るための具体的な勉強法について、p.59で触れられているものの、これらを独学でやるのは独善に陥る危険がある。丁寧に先輩に教えてもらいながら進めるのが望ましいだろう。
その後、(必要に応じて外部弁護士を含む他の協力を仰ぐことを前提としつつ、法律知識を獲得して「リスク感覚[3]」をつかんでいくことが法務パーソンには求められるが、そのためにはビジネスの熟知[4]が必要であるとされる。それこそが、企業内法務パーソンの外部弁護士からの優位性である。ビジネスを熟知するためには、ヒト/モノ/カネのフレームワークで自社ビジネスと相談対象のビジネスを分析することが求められる。そして、ビジネスを熟知することを通じ、社内からの信頼を得、協力を生むことになる。
しかし、著者も認識する通り、法務パーソンにとってビジネスパーソンであることが、「弁護士有資格者であったり、法務の転職を繰り返したり、法務経歴が長くなるとこの基本がおろそかになることもある」(p.48)。それはなぜなのか。おそらく法務パーソンがビジネスを理解することを軽視したり、ビジネスを熟知していると誤解していたりするからではないかと考える。法務パーソンは社内において法務の専門家であることを自他ともに期待されているのであり、事業については、どこまで行っても完全には理解できないという謙虚さが欠けているからそうなるのではないか。事業を熟知する、というのは永遠にかなわない夢として追い続けるべきなのではないか。
このことは、法務組織内において、プロパー社員として新卒で事業部門等に配属されて異動してきた(通常は無資格)法務パーソンと、弁護士経験または他社での法務経験を経て組織に加わった法務パーソンとの間において、微妙な壁があると認識されていることや、法務経験者として入社した企業において、他部署の「メンバーシップ」社員からの疎外感を当該法務パーソンが持ってしまうこと、法務パーソンが事業を熟知していると思っているほどには、事業担当者は法務パーソンが自分たちの味方だと思ってくれないという不満があることと通じる。
この壁を超えるためにどうしたらいいのか。弁護士資格に加え、卓越した法務知識や事業知識(経験にはなりえない)によって克服できるのか、このあたりの悩みは、本書を読んで、さらに深まったのである。
- コミュニケーション
これに続くQ49から57までは、法務が行うコミュニケーションに焦点が当てられている。49ページから50ページにかけて記載されている電子契約導入プロジェクトにおける法務の案件の回し方のイメージが、若手弁護士が遭遇する法務の先輩の素晴らしい働きぶりを見るようだ。さらりと書いてあるが、このような働き方を目の前で見せられたら、後輩法務パーソンは、心酔することだろう。法的な知識(外部調達が可能)、ロジックは、法務パーソンとしての必要条件であるが、それだけではいい法務パーソンにはなれず、ビジネスからの信頼を得ることが、十分条件であるという好例である。
ついついビジネスを馬鹿にしがちである法務の欠点については強く戒めている[5]。ビジネスとのコミュニケーション手法について、可能な限りの言語化が試みられている。しかし、言うは易く行うは難しである。ここに書かれていることを会得するためには、先輩の指導を得ながら、体験を繰り返し、失敗を繰り返してつかんでいくしかない。身が引き締まる思いで読んだ。
- キーパーソン
Q58から74までがキーパーソン対応についてであり、顧問弁護士との付き合い方も触れられている。「顧問弁護士」という言葉の使い方についての違和感は顧問弁護士編で書いたから再説しない。実際には顧問弁護士に限らず、頼みとする外部弁護士一般の話だと理解して進める。
社内外を問わず、キーパーソンと思われる人とのコミュニケーションについて、これまでと同様に緻密に言語化が図られている。読んでいて少し引っかかったのは、「若手」にとってのキーパーソンと、先輩や管理職にとってのキーパーソンは、必ずしも一致しないという点を言っておいた方がよかったのではないかということである。Q64はキーパーソンが執行役員や取締役等のエグゼクティブである場合について触れているが、「若手」法務パーソンが直接エグゼクティブに接する場面は、よほど会社規模が小さいか、風通しが良くなければならず、そこは、先輩や管理職を通して働きかけるということになる。そうすると、「若手」法務パーソンにとってのキーパーソンは、その働きかけをする先輩や管理職となるのであって、いかに彼らがエグゼクティブに働きかけてもらうかという観点からコミュニケーションを考えることが必要になる。いわゆる「上を動かす」というコミュニケーションスキルである。また、キーパーソンが複数いるときに働きかけ方の順番や、「若手」がキーパーソンと直接コミュニケーションをすることを面白く思わない人たちへのフォローなども、古い組織では必要になってくることもあるだろう。
こうしたノウハウ(自分は「有職故実」と呼んでいる)は、やはり先輩のやり方を見ながら試行錯誤でやっていくことが必要であって、本書を読んだだけで、形式的に真似ても反作用が出てくることもある。「若手」には、まずは自分の身の回りの直接影響を与えることができる範囲でのキーパーソンの発掘とコミュニケーションのスキルアップを勧めていきたいと思う。
- 案件を回す
Q75から81までが案件を回すためのスキルやノウハウに触れている。ビジネスと法務とのどちらが案件の主導を握るかということや、どうビジネスと寄り添っていくか、ビジネスをどう巻き込むかという点については、筆者の経験からくる意見が率直に示されているものと思う。これも自分で考えながら経験して、自分なりの考えを持っていくことが期待されている。Q80、81の案件を前に進めていくうえで役立つノウハウとして4つの切り口、13のTipsが示されている[6]。何度も味読して体得するまで反復することが求められている。決して1回読んだから終わりというものではない。その意味では、分かる人にはわかる「シュッとしてバーン」の法務版[7]という感じがしなくもない。
長くなったので、続きます。
[1] ハイネマンの『企業法務革命』では、「パートナー・ガーディアン」と両社が一体不可分な記載として取り扱われているが、在り方研平成報告書では、両者を分離の上、ガーディアン機能を前に持ってきたうえで、パートナー機能では、法務を離れるようなニュアンスが強調されている。すなわち「ビジネスジャッジに対する提案」「事業の実行に責任を持つ」というような言葉遣いがされている。リスクコントロールはその一部に過ぎない。ここでは、ガーディアン機能から分離されたパートナー機能が法務の機能足りうるのかという視点が欠けている。これに対し、令和報告書では、パートナー機能を、「経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする機能」と定義し、「ガーディアン機能とパートナー機能の両者は表裏一体の関係にあり、時には相反する役割を調整し両立させることが求められる」と軌道修正をしている。この、修正された令和報告書のガーディアン機能を引用しているところ、これに加えて、パートナー機能として「適法に」という用語を追加しているところに、筆者の慧眼がある。
[2] ここで「顧問事務所」という用語を使い、顧問弁護士としないことが、第1編との関係においてどういう意味があるかわからない。なお、76ページ、90ページから95ページまででは「顧問弁護士の先生」という記載となっているが、どうして書き分けているのか。
[3] ここで「感覚」という言葉を持ってくるところに、筆者の経験に基づく視点がある。しかし、感覚である以上、どこかで生来の能力による差が存在するのではないか。本書で述べているように、法的な知識を習得し、ビジネスを熟知してもなお、感覚がどこまで磨かれるかは、偶然と生来の能力に依存してしまうのではないか、というある種の限界を、本書は示唆しているように思われる。
[4] 一例をあげれば、「取引やスキームそのものが途中でひっくり返るのは、経験的には税務面での考慮が抜けているケースが多い」という指摘(p.60)は、ビジネスをある程度やってことがないと出てこない。
[5] さらに一歩進んで、なぜ法務はビジネスを馬鹿にしてしまうのか、というあたりの分析があれば、もっと良かった。
[6] 無雙先生の #新人法務パーソンへ というタグのツイートで示されているが、まとまって読むと壮観である。(ただこのすごさがわかるのは、実際にやってみないとわからない気がする。)
[7] 部下を指導する立場に立つと、このような言語化によって会得できる人と、何度か試行錯誤をして経験のうえ会得できる人と、言われてもやってもできない人とがいる。
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