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12/04/2014

【法務系Advent Calendar 2014】 債権法改正における約款の審議(その1) 2つの視点、4つの立場

法制審議会の民法(債権法関係)部会で進んでいる債権法改正の議論は、8月に要綱仮案がでて、来年の念頭にでも要綱案が固まるというスケジュール感で進んでいますが、約款については要綱仮案ではコンセンサスが得られず仮案に盛り込むことが見送られ、要綱案決定までの大きな論点となっています。当初は11月にでも部会で審議が再開されるという話もあり、法務省のウェブに開催予定日も掲載されていたのですが、結局11月の部会は開かれませんでした。(法務省のウェブによれば、次回は12月16日に予定されているようですね。一弁護士となった内田先生は出てこられるのでしょうか。)

なぜここまで約款の議論は紛糾してしまったのか、どのような論点が残っているのかについて、10月29日の第3回法務系ライトニングトーク
で話しましたが、ズクズクのプレゼンテーションでした。(正直LTは第1回目のときが一番良かったorz)
今回@overbody_bizlawさんが法務系Advent Calendarを作ってくださったので、再度仕切り直しということで、リベンジしてみようと思います!

まず、約款についてルールにしようと考えたときに、2つの視点が存在します。あ、そもそも「約款」って何?という問題はひとまず棚上げしておきますね。とりあえず電車とかバスに乗るときの運送約款とか、電気供給約款のようなものをイメージしていただければ結構です。

こういう約款は世の中にいっぱいありますが、普通ユーザーがそれを読んだり、内容を検討したり、約款を作った人と条件交渉することなく法的拘束力が認められています。どうして法的拘束力が認められるのかという点については19世紀からいろいろ議論があったようですが、法的拘束力がある以上、契約の一種ではないか、というのが現代における通説的見解となっています。ところが、民法の教科書的にいうと、契約は合意である、合意とは申し込みと承諾との合致であるということになるものの、そういう教科書的な合意と約款取引とはかなり異なっているのにどうして契約としての法的拘束力が認められるのか、というのが最初の視点です。

もう一つの視点は、そういう約款の内容が適切かつ合理的であるため、通常の契約における信義則とか公序良俗のような一般条項に加えて、何らかの内容を規制を行う必要があるか、ということです。説明のため、前者をA<約款の法的拘束力>、後者をB<約款内容の合理性確保>と呼ぶことにします。

法制審部会での審議では、第2ステージの最終局面までAを「約款」として、Bを「不当条項」として整理していましたが、中間試案の段階で2つの論点を1つの論点に統合しました。そこで、この2つの視点に対してどのような立場をとるのかということを巡って議論がぐるぐる回る、ということがずっと続いていまだに収拾がつかないという状況です。

いろんな人がいろんなことを言っていますが、大きく整理と4つの立場に分かれるのでないかと思います。

1つめは、正統的な、あるいは伝統的に考えられてきた考えで、約款というのは普通読まないし、あるいは長かったり字が細かかったりしてよくわからない、そういうよくわからない状況に乗じて約款作成者が利用者に不利な条項を入れたりしているという弊害(約款の「隠蔽効果」と呼ばれます)が起こり得るので、何らかの内容規制が必要だ、という立場です。日本における約款研究の第1人者である河上正二先生が、法律時報の11月号でこのように紹介しています。

「個別合意や交渉による正当化保障が期待しがたいところでは、約款の「隠蔽効果」とあいまって不適正な約款条項が一方的に押しつけられる危険性が高く、一定の国家的介入が求められてきた。」(河上正二「約款による取引」法律時報1079号100頁)

2つめは、先ほどの視点でAを強調する考えで、典型的な合意とは異なる約款における合意(「希薄な合意」と呼ぶ人もいます。)が、通常の契約と同様の合意としての拘束力を持つことを法律で特に定めておかないと、約款の法的位置づけがあいまいになるという立場です。特に、約款取引の成立時はともかく、約款内容を約款使用者が変更することができるのか、というときに変更についての規律が必要
この中には、内容規制は入れるべきではない、という原理的な見解(たとえば、ヤフーさんのこの意見とかこの意見が典型です。経済界でも保険業界とかIT業界はこの立場に近いのではではないかと思います。)もあります。

他方、Bの内容規制もあることを前提としつつ、信義則、公序良俗という一般則レベルと同等であれば、実質的に新しい規制ではない、または、仮に約款のすべてが消費者契約になってしまえば消費者契約法第10条の不当条項規制と同等レベルであれば過重規制とならないからあっても仕方ないな、という消極的賛成論もあるところです。

3つめは、これとは逆にBの視点を強調する考えで、約款がそもそも当事者を拘束するかどうかはともかく、問題となるのは約款の内容であるという立場です。
たとえば、第93回部会の最後のあたりで、大阪弁護士会所属の中井委員が次のように言っています。

弁護士会が思っているのはこの二つの条項【部会資料81における4の不意打ち条項,5の不当条項】が約款規制に入るということを目指したいという点にあります。研究者の方々からすれば合意の拘束力の根拠,約款に拘束される根拠は当事者の合意だと。当事者の合意を最低限この約款の中で盛り込むとすれば,表示と少なくともそれに対する異議はないという態度から定型条項による合意を推認させる,ここで正当化を図ろうとされているのだろうと思います。しかし,実務感覚を正直に申し上げますと,事前に提示をしても現実に約款の中を精査し読んで確認をしているのかといったら,恐らくそういう実務ではないと思っています。…(中略)… 若干言い過ぎになるかもしれませんけれども,この組入れ要件を余りギリギリとしなくてもむしろ組み入れていい,その代わり不当条項規制や不意打ち条項規制の内容規制にこの民法が介入する,こちらの方に相当ウェイトがある。仮にこの組入れ要件がこうならなくても現実の実務では,…(中略)…約款は全ての契約に適用されて,事実上拘束されている,その実務があると思うのですね。 とにかく約款規制を作る,その中に内容をコントロールするための条項を少なくとも入れていただく,これが民法にあるということの意義,これを弁護士会は強く感じています。何とか残せないものかと改めて思う次第です。

約款取引の内容に問題がある、だから内容規制を民法に入れるべきだ、という主張ですね。

驚くべきことに、中井委員とはま逆の立場とされている経団連(東京ガス)推薦の佐成委員が、ほぼ同じ現状認識を持っていることです。

誰も約款を丹念に読んでいないのは明らかだし、それが約款かどうかも注意を払っていないが、実務的にも学説的にも約款の法的有効性に疑問の余地はない。約款の内容になんらかの問題があるときにトラブルが発生する。

約款がなぜ法的拘束力を有するのかは大した問題ではないという佐成さんの認識は中井さんとほとんど同じです。ただ価値判断として「だから民法に規定すべきだ」というのと「そもそも現在の法規制に加えて規制しなければいけないほどトラブルは多くないし、新たな規制が必要であれば、民法ではなくて特別法で取引類型ごとに細かく検討すればいい」と正反対の結論になってしまうのですが。

この佐成さんの意見が4つめの立場で、3つめの立場とBの視点を重視するということは共通でありながら、既に民法の一般規定に加え消費者契約法、下請法といった特別法で十分規制がされているので、民法に約款の規定を入れるのは反対だ、という立場です。

企業の立場からすれば、自分たちの活動領域を制約する立法には反対したいと考えるのが道理ですし、さらに、企業法務の立場からは、企業が設計した約款が書いたように適用されない、というのは一種のリーガルリスクであって、そのようなリスクを極小化したい、と考えるのは無理からぬところがあります。(経営法友会はそのような意見のようです。)

もっとも佐成さんの現時点でのトラブル認識が本当に正しいのか(経団連に参加しているお行儀のいい大企業と、悪徳業者をめぐるトラブルに直面している弁護士や消費者相談員とは見える世界が異なるでしょう。)、その認識が社会から支持されるかどうかは問題として残ります。

それはそうと、何とか反対したい企業サイドとして取り得る手段は2つあって、1つは正面から約款規制に反対という方法です。もっとも、あまり企業サイドのエゴ丸出しであれば、審議会の場でも、世論からも支持されなくなってしまうので、反対する理(ことわり)を丁寧に出していかなければならないのですが、根本的に立場の異なる学者さん、弁護士さんからはなかなか理解されないところが苦しいところです。

もう1つの方法は、そういうそもそも論ではなくて、個別の弊害を細かく指摘して、定義や要件をどんどん限定していく、というやり方です。そもそもの立法趣旨ということではなくて、細かい定義や要件の議論をするというのは、これに限らず日本の立法過程ではよくあることであって、ねちねちと指摘してそれに細かく対応していくと、結局何のための規定かよくわからなくなったり、そもそも適用される局面が極端に制限されて、何のための立法かよくわからなくなってしまう(お役人としてはお仕事をしたということかもしれませんが)、ということがあります。古くは米国1933年証券法における「投資契約」と金融商品取引法における「有価証券」、近くはビッグデータをめぐる個人情報保護法改正における「個人情報」の定義など、立法趣旨からの目的論的解釈ではなくて、日本の立法実務ではどうも精緻な定義が好きなようです。今回の定義のところをみると結局はそうなってしまうのかもしれないような気もします。

ここまでのところをまとめておくと、
・約款について考えるときにA<約款の法的拘束力>とB<約款内容の合理性確保>の2つの視点がある。
・約款に対する立場としては4つあり、①A→Bという立場、②A重視の立場(この中にA原理主義の立場とA重視をしつつBについては消極的賛成という立場、③B重視でだから民法に約款規制をという立場、④B重視だが民法に約款規制を導入することに反対という立場である。
ということになります。

明日は、現時点における最終案である部会資料83の内容を紹介しつつ、今まで述べたような4つの立場からの主張に対し、法務省事務局サイドはどのように動いて行ったのか、現時点でどのような論点が残っているのかを考えてみることにします。

ではまた。

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