頻出論点 #萌渋スペース
毎度おなじみ #萌渋スペース の発表用メモとなります。
今回のお題は、「事業会社からみた、法務部に法務未経験、非法学部、資格者/非資格者を採用する理由と人事戦略、法務へ期待するものはなにか、ローテーション問題、外部との使い分け」ということと理解しております。
とはいうものの、私が普段直接経験する世界そのものを語らずに、どれだけ汎用的な言い方ができるのか、今回はいつも以上に頭を悩ます[1]ことになりました。
少なくとも2000年代初頭までは、つまり、司法制度改革前までは、多くの日本企業の法務組織内に弁護士資格のある人は稀であった。他方、大手商社とか一部メーカーでは定期的にアメリカのロースクールに留学生を派遣し、ニューヨーク州弁護士資格を取得させる、ということも行われていた。その結果、そのような会社では、ニューヨーク州弁護士資格を保有している法務メンバーが一定比率在籍していた[2]が、その他の多くの会社では、外国法曹資格も含め、弁護士資格を持つ法務メンバーは例外的であった。
それでは、法務組織の構成員はどこから来たのか。新卒で法務要員として採用された人もいたが、他の部署から異動してくる人もいた。しかしいずれの場合であっても、法学部(法律学科)卒業生がほとんどであった。法学部卒業生は、法務組織以外にも社内各部署にあまねく存在していたので、そういう人の中から、法務組織としての資質のありそうな人を異動させることができたのである。逆に、法務組織に在籍していた人でも、営業や事業といった別の部署に異動していく例も相当数見られた[3]。
ところが、法科大学院ができて、法曹は基本的には[4]法科大学院修了生から養成することとなり、さらに、法科大学院を修了しても司法試験に合格せず(あるいは、受験をせず)そのまま社会人になる人が相当出てきて、状況は変わってきた。
まず、法務人材の登用元としての法学部卒業生の法律リテラシーの低下。法学部法律学科卒業生と、政治学科等他の法学部卒業生、経済学部、商学部など他の社会科学系学部卒業生との法的リテラシーの差がほとんどなくなってしまったと感じる。法務組織に配属して、知識という面である程度使えるバックグラウンドを持った若手の供給源としては、弁護士資格の有無に関わらず、法科大学院修了生が中心になった。その後、法科大学院が続々と淘汰され、有資格者の修了生に占める割合が高くなるにつれ、法科大学院修了生のうち、「新卒」で法務組織に入ってくる弁護士の比率も増えていったという印象がある。
しかし、企業にとって、弁護士資格があること自体が、法務組織としての品質のため必須なのか、と言えば、正直、ある程度の資質があるという推定が働くという程度ではないか。米国のようにattorney-client privilege が使えるという実益があるわけではない。また、多くの企業では、社内弁護士に法廷代理をさせてはいない。更に、グループ会社に法的アドバイスをするのが非弁にならないように弁護士を配属していると考えている企業も少ない[5]だろう。
資格者が、企業法務としての資質の推定となる、ということによって、その人のポータビリティが上がる。他の企業に移籍しても引き続き企業法務を担当することができることになる。そのように企業間を渡り歩く法務担当者という現象は、法科大学院制度ができて以降目立つようになったという印象がある。このような人にとっては、ある会社の従業員であることよりも、企業法務を行っているということの方に帰属意識が出てきてもおかしくない。もちろん弁護士資格がない法務メンバーが転職して他の会社で企業法務を行っているという例は、ツイッターの法務関係者界隈を見ても相当数あり、弁護士資格がなければ転職適格がないとかいうつもりはさらさらないが、資格があることが転職を後押しする面は否めないと思われる。
逆に企業側から見た場合、そのように法務人材の流動性が高まってくれば、ある企業が法務機能または法務組織をより充実させたいと考えたときの人材の供給源として、資格者の方が「わかりやすい」ということになる。そうして、法務組織が大きくなるにつれ、資格者で補充することになり、法務組織の中の資格者の割合が増えていくことになっていく。
もっとも、法務機能の充実を法務組織の拡充で行うというのが唯一の回答ではない。外部弁護士への依存度を高くして、法務組織の要員は必要最低限に済ませるという方策も取り得るところである。このような場合の法務組織の構成員は引き続き、無資格者が中心となると思われるが、前述のとおり、従前では法学部卒業生がある程度法律のリテラシーを持っていたのが、どんどん低くなっていくということであれば、従来内製化できていた法務業務の一部を外注化することによる弁護士費用の増大[6]は避けられず、内部で熟練の法務担当者を育成できない場合には、経験者または有資格者を外部から採用して、組織の機能を維持またはコストの管理を行うことを検討・実施しないといけない。
それでは、無資格者を中途で法務組織で採用したり、無資格者、非法学部卒業生を法務組織に異動させたりする理由がないのだろうか。
ない、と考える企業ももちろんあるだろう。米国系を中心とする外資系企業の場合、本国の法務組織が全員資格者であり、無資格者のいる法務組織という存在自体への想像力を本国のGCが欠いていれば、資格者のみの法務組織になる。また、商社のように、法務組織から原則[7]異動がない、ということであれば、有資格者の比率がどんどん高くなっていって(無資格者が淘汰されて)、有資格者中心の法務組織になっているということも聞くところである。しかし、このような組織は、社内の他の組織とは離れた特殊な集団と見られてしまう危険性[8]を常に有する。
逆に言えば、他の部署から/へのローテーションは、相談部門と法務組織との距離を近づけることのできる方策の一つである。特に若手の場合、事業部門から異動して来た法務メンバーは、法律知識は経験者や有資格者に劣るかもしれないが、事業についての理解や、事業部署メンバーからの親近感といった面では、優位に立ちうる。事業部門の心を法務組織に伝え、法務組織の敷居を低くする役割が期待できる。また、ある程度シニアな異動者にとっては、若手非資格者の役割に加え、専門家を使いこなすことで、経営陣と法律専門家の橋渡しをすることが期待されている。
以上のような機能が非資格者に期待されているとすれば、少なくとも、法務未経験者かつ自社の事業未経験者を中途採用して法務組織に迎える理由はあまりないと思うし、少なくとも自分の知る限りそのような人[9]はいない。
他方、無資格者ではあるが法務経験のある者を採用するという例は相当程度知っている。先ほど、資格者は法律の知識があることを推定させると書いたが、推定なのであって、資格がなければ知識が少ないということでは全然ない。その企業の法務組織にとって必要な経験を持っていると判断[10]できれば、資格の有無に関わらず採用することは十分あり得る。
実際、法務の管理職層により求められる資質は、法律知識そのもの、というよりは、構成員のマネジメント能力、経営に対する発信力、法務としての判断を行う胆力[11]ではないだろうか。そうだとすれば、過去の体験でこれらの能力があると判断する無資格者も採用されることになるだろう。
なお、いままで法務組織という言葉を使ってきたが、これは、法務部といった特定の部門だけではないことに留意してほしい。法務部門以外に事業部に法務担当者が配属されたり、各事業本部/カンパニーごとに法務部門があり、更にコーポレート法務部門があるといった複数法務部門を配置したりする例もある。どうしてそのような組織になるのかといったことは、企業ごとの事情があり、個別の事業や歴史などもあるだろうから、ここではこれ以上は触れないことにしたい。ただ、法務メンバーが複数部門にわたって配属される企業では、それぞれの部門間で法務メンバーが異動することにより、法務組織全体としての知見を深めていく一因になるということはあるだろう。
CLOとかGCといった法務役員についても、触れておこう。CLOやGCは、①法的知識を有する経営者という側面と②社内の法務組織を統括する最高法務責任者の2つの側面があり、日本の在来企業の法務部長が②だけに留まるのに対し、①の存在が必要だ、という議論があり、定期的に日経新聞に出てくる。しかし、法務メンバーが資格者なのか非資格者なのかという議論と同様、経営陣の中に法律専門家がいる場合と、経営陣の中に法的専門家は存在せず、必要に応じて法務組織の助言を仰ぐ場合とのいずれもあり得る。それぞれの会社の実情に応じて決まっていくもの[12]と思われる。
もっとも、後者の経営スタイルを取った場合には、バランスを取って、法務組織にはより専門知識を持った人と、経営陣とのコミュニケーションが円滑にできる人とを配属しておく必要がある。前者の場合には、その責任は一心にCLO/GCが負うことになるのだろう。
さて、くまった先生からのお題のうち、「法務へ期待するもの」と「外部との使い分け」の2つが残った。この2つは今まで述べてきたこととは少し性質が異なる。いずれも法務機能論である。法務機能論は、それこそ、経産省の2つのレポートを筆頭に、甲論乙駁の状況を呈するが、風呂敷を大きくし過ぎると、法務が経営や事業の中で差別化されなくなる嫌いがあると感じている[13]。
外部との使い分けについては、検討すべき案件の頻度と専門性との2つを軸に考えていけばよいのではないか。すなわち、頻度が高く専門性が高い領域は内製化し、社内組織を高度化するのがもっとも効率的であるが、頻度が高いものの専門性が低いものは外部化してコストを下げることが合理的である。この外部は弁護士事務所に限らず、AIなども検討の俎上に乗ると思われる。頻度が低いが専門性が高い領域が外部の弁護士事務所に依頼することがもっとも適性が高い。逆に頻度が低く専門性が低い領域は、自社内で処理するか、専門家でない外部へ委託するかを、コストに応じて決めることになるだろう。
[1] dtk先生曰く、「灰汁抜き」
[2] うろ覚えだが、司法制度改革審議会の中で、大手商社の法務部長の方が、自社の法務メンバー育成プログラム+米国留学で教育育成は十分であり、日本の法学教育や法曹育成プログラムは役に立たない、と言っていたはず。
[3] 商社のように、最初に配属された部署が基本的に固定される、と言った場合を除く。例えばメーカーや従業員の多いサービス業では、人事労務系との相互異動がよく見られる。
[4] 「基本的には」と言っているのは、予備試験があるからである。
[5] 法務省の見解は至って保守的であるが、実際にはもっとアグレッシブに、「法務相談」に親会社法務が応じている例は少なくないと思われる。また、それが問題視されることも少ない(少なくとも立件された例は知らない)。
[6] これもうろ覚えだが、米国ですら、インハウスロイヤーの増加の一つの要因が弁護士費用の増加を抑制するためということが確か「企業法務革命」に書いてあったと記憶する。
[7] この点、最近は大手商社でも、他部門への転出や、一旦他部門で働いた後に法務組織に戻ってくる例が出てきていると聞いている。
[8] 自分はそのような組織に身を置いたことがないのでわからないのだが、どのようにして、相談部門や経営陣との距離を近づけていくのか興味がある。
[9] お前の知っている世界は狭い、という批判は甘んじて受け入れる。そもそも人がいなくてそんなこと言っていられるか、という会社もきっといっぱいあるのではと思う。なお、旧試の時代は、ベテランの司法試験受験生(現役受験生の場合も、OB/OGもある)を法務要員として抱える例は相当程度あった。
[10] この辺りは、法務要員を採用(および評価)するにあたって、どれだけ法務組織自身が自律的に決定できる権限を有しているのかという要素に左右される。法務の専門知識がなく、法務に対する理解が浅い人事部や経営陣が採用・評価に際し決定権を有している場合、知識のある推定の働く資格者を推薦する方が、法務の採用責任者としては楽である。「お前はこの人いいというけどさ、本当に大丈夫か?」と聞かれて、責任をもって大丈夫だと法務として言い切れる無資格経験者の候補者が実際どれだけいるのか(面接だけでそこまで言い切れるということも、なかなか考えづらい。)。
[12] そうはいっても、形だけアメリカの物まねをすれば取締役選任議案に賛成するといった●●議決権行使助言会社が何か言えば、きっと動揺する会社が出てくるのだろう。GC/CLOになりたい人にとっては千載一遇の黒船なのかもしれないが。
[13] かつてある本を読んだときの違和感参照。こちらでの「法務が他の部門とは何が最終的に区別されるのか」といった疑問にも通じる。
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