中規模法務組織長の憂鬱 #legalAC
この投稿は #法務系Advent Calendar 2023 の企画となります。ひつじ太郎さんから引き継ぎました。
ここでいう中規模法務組織長とは、概ね6,7人以上40人程度までの法務組織[i]の責任者ということで用います。
これよりも少ない法務組織の場合、マネージャーが構成員と直接日々の活動についてコミュニケーションをとることができ、契約書のレビューの文言、法務相談での相談者に対する対応、外部弁護士との協働の仕方、構成員のやっていることをマネージャーが都度モニターしながら、構成員の成長と併せてマネージャーも学んでいくことができます。また、この規模であれば、マネージャーがプレイングマネージャーであることも多く、構成員の負荷に応じてまかせる、巻き取るといった調整も自分でできると思います。#裏legalAC で、たっしーさんが書かれた記事がまさにその規模[ii]のマネージャーの仕事をお示しになっているものと思います。
1人のマネージャーがきめ細やかに構成員をフォローできるのが概ね、5、6人でしょうから、これを超えると、組織の階層が複数にならざるを得ません。すなわち、先ほど小規模組織の際に言ったマネージャーのうえに、さらに組織長がいるということになります。
上限を40人としたのは、概ね小中高のクラスの大きさを念頭に置いていて、組織長および構成員が各メンバーの顔と仕事ぶりを日常レベルでは難しいが、ある程度わかっているという大きさになります。これ以上になると、組織を管理するための仕組みが別途必要になってきて、中間管理組織とかが出てくるとか、下位レベルの組織間の壁が高くなって、隣の下位組織が何をやっているのか、構成員からは全く分からなくなるとかということが出てくるので、別の組織運営手法が必要となります。この規模の法務組織は、日本では数十社程度でしょうから、各社ごとの違いは大きいものと思われ、今回の対象からは外しました。
また、今回は、法務組織が本部レベルなのか部レベルなのか課レベルなのかは直接関係はない、組織運営についての話をしようと思います。組織のレベルは、組織長が経営からどの程度近いのかということと密接にリンクしています。組織長が担当役員レベルであれば、組織長は通常経営トップと直接コミュニケーションが取れます。部レベルであれば、組織長は、(法務専従でない)担当役員を通して経営とコミュニケーションをとることになりますし、課レベルではそれが、さらに部長を経由してということになります。
今回の話は、そこではない、組織運営上の課題について触れていくことが主となります。
[i] 経営法友会が行った企業法務部第12次実態調査分析報告(2020年)25頁では、法務組織の規模を、小規模(5人未満、50.5%)、中規模(5名~10名、28.3%)、大規模(11名~30名、16.7%)、メガクラス(31名以上、4.4%)と分けており、本稿の対象はそのうち概ね中規模と大規模に相当します。
[ii] 最近はやりのナレッジマネジメント、あるいは案件管理・CLMを取り扱うリーガルテックサービスでも、ベンダー側が普段付き合っている法務組織の規模がこれくらいだと、それに合わせたオペレーションに最適化されているため、これを超える組織の場合、使い勝手が悪いということになります。ベンダーから商品説明を聞く際には、導入されている企業の法務組織の規模がどれくらいかをよくヒアリングされることを強くお勧めします。
1.日常の構成員の仕事ぶりのモニター
前述のとおり、中規模法務組織では、個々の構成員の日常業務については、組織長が直接見ることは困難であり、1次マネージャーを通した報告を聞き、1次マネージャーを通した指示が中心になります。この規模で組織長自らが構成員の日常業務に口出しすることは、マイクロマネジメントの誹りを受けますし、全部見れば組織長自身の仕事時間を奪い、恣意的に見たり見なかったりすれば構成員のモチベーションを奪い、第一組織の効率性を阻害してしまいます。
かといって、1次マネージャーからの報告だけに頼れば、1次マネージャーのフィルターから抜け落ちた大事なものを見落とすかもしれません。担当者も、1次マネージャーも、こんなことはいちいち組織長に上げることはないだろうと善意で報告内容を選択してしまうことは、当然ですし、それを責めるのも酷というものです。また、1次マネージャーと担当者とのコミュニケーションがうまくいかなければ、担当者の働きが公正に組織長に及ばなくなったり、その逆に、担当者の働きが実態を超えて美化されて報告されてしまったりするということもあり得ます。
管理部門の若手社員へのヒアリング質問を考えているが、親子ほど年齢差があるからなぁ。
— takano utena (@msut1076) December 6, 2023
担当者の側から見ても、1次マネージャーから先の組織長がちゃんと見てくれているという実感があることが、組織の一体性のうえでも重要となります。他方、担当者から見て組織長は遠い存在であるのが通常で、組織長はそのような距離感についてきちんと理解して接しなければ、かえって圧力を感じて萎縮してしまうかもしれないということも考えないといけません。
そこで、1次マネージャーからの報告を主とする一方、それを補完する担当者の業務を評価する仕組みを構築する必要が出てきます。どのような方法でやるのかについては、組織長の工夫次第でしょう。案件管理システム[i]を用いてもよいし、出社強制の会社だったら、それともなく担当者の話を聞くということも、昔だったら行っていたかもしれません。
ただ、直接報告されていない実態を把握するということは、組織長としての熟練を要することだと思います。新しく組織長になったり、法務経験者であっても他社から転職して間がなかったり、逆に法務経験なくいきなり社内異動で組織長にされてしまったりした場合には、ある程度の形式化されたノウハウや仕組みがあると安心です。このような仕組みづくりも、組織の永続性のため、後任の組織長のために残していくことが求められると思います。
2.構成員の配属
担当者として求められる資質は、法律知識、リサーチ力、コミュニケーション能力などが主だと思いますが、難しいのは1次マネージャーに何を求めるのかということです。
かつて、こちらで外部弁護士について、「中堅の陥穽」として触れたのと似たようなことが企業内法務担当者にも当てはまります。
担当者としては優秀であっても、部下を檄詰めしたり、1匹オオカミ的に部下とは全く連携を取らなかったりする優秀な担当者も見るところです。そうなると、中堅だからといって無邪気に1次マネージャーにするのは弊害が多いということになります。
夫れ弁護士は組織的人材育成に不得手なる鍵呟に接しさもあらむと肯ず
— 経文緯武 (@keibunibu) November 20, 2023
また、弁護士を採用した場合、前職の給与水準から、その企業での求められている役割と処遇とのミスマッチが起こることも覚悟しておかないといけません。管理職の適性がないのに管理職として採用されるのは、企業側も採用される側も、両方とも悲劇を生む可能性があります。
インハウス氏の採用のとき、給与テーブル的に管理職にするしかないのは分かるけど、いきなり部下を持たせるの本当にやめてほしい。
— DJねこさん (@mcnekosan) December 6, 2023
このパターンの管理職インハウス、まともだったパターンを知らない。会社の部下は、事務員さんともまた違うんやで。
さらに、資格の有無にかかわらず、法務経験者のみで構成される法務組織というのであればともかく、法務組織の中に、事業部門・営業部門などから法務組織に異動してきて、法務知識は乏しいものの社内での案件回しがうまい担当者と、法律知識は詳しいが業界固有の慣行には必ずしも詳しくない担当者とがいる場合、この2つをどのように混ぜると、組織としての成果が上がるか、といったことは、組織長が考えなければならない問題です。
会社によっては、法務組織がほぼ弁護士資格がある人が多くなってくると、プロパー社員を疎ましく思って馬鹿にするとか、外そうという動きをする人も現れてくることがあります。
馬鹿を馬鹿にする馬鹿なる事に無自覚なる馬鹿見ゆ
— 経文緯武 (@keibunibu) October 11, 2023
採用したときは優秀な担当者だったのが、慣れてきて「ヌシ」となり、こういう方は、自分よりも「劣る」と考えた上司を軽んじる傾向があるため、組織長が他の部署から来て手に負えないということもあると聞きます。
これらの人材配置をどのように行い、専門家たる企業内法務担当者をどのように組織成果につなげるような活躍をしてもらうか、そのために1次マネージャーを選別し、育成していくことも、組織長に求められていきます。
サアカスが獅子万獣を睥睨し以て之を統率すと信ず○然雖熊者熊也馬者馬也犬者犬也○獅子終に団長の域に達する事無し
— 経文緯武 (@keibunibu) October 12, 2023
3.社内調節
組織長として、他部署との調整を行うというのは、たっしーさんが小規模法務のマネージャーとして「舐めた依頼をしてくる部署をシメる」「他部署に恩を売る」で言っていることが中規模法務でもあてはまります。あとこちらも。
確かにそうですね。
— マサマサ(Masahiro Akashi) (@aboutbrother) December 4, 2023
あとは部下が他部署に変な事言った場合に他部署にひたすら謝る事ですかねー。 https://t.co/21swSdpa8O
これに加えて法務では、他社からいきなり法務経験者ということで転職してきて、その企業の文化とか組織とかわからないことが割とあります。
これめっちゃ共感なんですが、でかい組織に落下傘的に入った管理職採用のマネージャーだと、社内調整の力学がわかんなかったりで結構きついんですよね… https://t.co/2hNEB8IllW
— K (@kohtaj25) December 4, 2023
中規模法務の場合、それに加えて、法務の素人がいきなり社内異動で組織の責任者になってしまうということがあります。こうなると社内調整自体はできるものの、法務固有の論理がわからないままニュルニュルと調整だけしてしまい、法務組織内の、特に法律専門家の人からは、不信感を持たれることになる、ということがあります。社内調整は必要だけど、やり方によっては組織構成員のモチベーションを落とすことがある、落とさないためには、専門家の心情を理解しておかないといけない、ということなんだろうと思います。
4.組織の永続性・発展性
しばしば聞くことですが、名法務部長さんがいる企業で、その方がリタイアしたり異動した後しばらくして、法務組織が縮小[ii]してしまったり、格下げされたり、他部門と統合されたりといったことがあります[iii]。
法務部門という組織は安泰ではない。特に経営陣が法務の機能や役割を軽視しているとき、法務部門はいとも簡単に解体され、四散してしまう。経営陣が本音のところで、「法務部門は本来は不要なコストセンターであるくせに、色々と煩く鬱陶しい」と思っていないか、というのがポイントだ。 #エアリプ
— QB被害者対策弁護団団員ronnor✌︎('ω'✌︎ ) (@ahowota) June 28, 2023
「しばらくして」というのが肝で、その名部長さんが直接の後継者として指名した人までは何とかなるものの、後継者の組織長が名部長さんにはあったカリスマ性や経営者や社内の他の部門[iv]への影響力が乏しい場合、組織が徐々に弱体化し、その次の組織長さんあたりから組織が衰退に向かうということが起こります。別に法務組織が弱くたって、会社として必要な法務機能が十分に発揮されていればよいのですが、大概の場合、法務組織とそれを構成する法務担当者の日々の活動が、企業の法務機能の枢要を占めるのが通常の企業だろうと思いますので、法務組織の衰退がその企業における法務機能の衰退につながってしまうことになります。
そうならないため、現在の組織運営を行うだけでなく、今後も継続して優秀な人材を確保し、彼らを適材適所に配属するとともに、法務組織のミッションを設定し、企業で求められている課題をタイムリーにつかみ、提供していく<仕組み>を、属人的なスキルではなくて整備していくということが必要になります。
そのためには、法務組織の理念を、企業全体の理念に沿う形で設定し、日常業務を通して、組織理念の実現を図ることを奨励していくことが求められます。また、組織長としては、経営者や関係者に、組織理念と活動を認めてもらう努力をすることになります。そのうえで、人事制度、業務の体制を不断に整備して、組織長の個人的能力に依存しない強く永続的な組織を作っていくことが求められるのではないでしょうか。
そういう意味で、他社からいきなり法務組織長に転職されてきた方は、相当大変だろうと推察します。その人はその会社に向かないとさらに転職しても、残される人がどうするか、という点については、重い問題です。自分としては、そこに思いを致さないでジョブホッピングされたくないという思いがあります。
どうしたらいいのか、自分もこれはという処方箋を持っていないのですが、考えられることをいくつか書いておこうと思います。
まず、組織長としての悩みを共有できる人を、組織内外に作るということです。組織内として、上司と1次マネージャーなどで次期組織長を期待している人(通常は部下)が考えられます。上司は、もはや法務以外のことも担当しているでしょうが、日常的に課題感を共有しておくことで、具体的には、後任人事について人事部に働きかけるとか、組織長が変わっても組織の永続性のためにサポートしてくれることが期待できます。さらに上司から経営トップの理解を得てもらえればより強力になります。次期組織長を期待している1次マネージャーは、日常的な問題意識としてまだ持っていない組織長固有の悩みを共有することで、組織長になる準備になります。1次マネージャーは1人だけでなく、複数の人にそれぞれ話してみて、その反応で、後任組織長になる資質を見抜くという側面もあります。社内では、社外秘情報でも話すことができますが、話す人が同じ組織内レベルでないので、どうしても自分の問題意識が届きにくいということはあるかもしれません。
組織外としては、自分と同じ組織規模、組織内レベルの法務組織長が一番良いでしょう。もちろん社外秘情報や取引情報を話すことはできませんが、組織運営などを抽象化して話すだけでも、自分の問題意識をより深め、より永続的な組織運営のヒントをつかむことができるかもしれません。
もう1つは、組織運営についての課題とかKPIとかの汎用的な形式知を残していくということです。組織運営はどこまで行っても暗黙知の要素がありますが、かといって、すべて暗黙知、個人の秘伝のタレとなれば、組織の永続性は望めません。この点において、日本版Legal Operationsの試みは参考になるものの、思った以上に自社向けに整理していくことが必要になると思います。また、これら形式化された組織運営手法について、上述した社内外の人と話すことや、部下や経営、事業部門に対し、内容を整理してその一部を示し、理解を得る努力をするということも考えられるかもしれません。この小稿もその試みの一つではありますが、なかなか途は険しいですね。
明日はHPさんです!
[i] そうはいっても、@katax さんのアンケートによれば、日常的にドキュメントのレビューを見ているということは行われていないようです。
[ii] 組織自体が縮小しなくても、弁護士依頼の予算やリーガルテックの設備投資予算が、他部門からの批判で縮小していくこともあります。
[iii] 企業内管理部門でも、人事部や経理部では、名部長去った後組織が衰退することはないし、暴虐部長の後であっても、部自体はそのまま存続するという傾向にあると思います。法務と同じなのは、部の名前に「企画」がつくところは、隆盛を迎えた後突然に衰退とか廃止・統合ということは見聞きしました。経理や人事と違って、企業活動において法務機能は必要であっても、法務組織が必ずないといけない、況してや中規模法務組織がある必然はない、ということなのでしょうか。経理や人事は財務規模や要員数でおのずと部の規模が一定程度になってきて、組織長のキャラはあまり関係がないということなのではないかと思っています。
[iv] とくに採用や昇格に関与する人事部。
追記
日本版Legal Operations8については、この #legalAC でも、ぼっち法務さんがよくまとまった記事を上げられています。
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