年の暮れに秘密保持契約を語らむ #萌渋スペース
前回の #萌渋スペース が7月ですから、それから4カ月も経ってしまい、変化の激しい当節では、すっかり忘却の彼方になっているのではないかと思います。
今回はみんな大好き、NDAについてがテーマとなります。
1. NDAって何する契約?
売買契約は、何かを売買する契約、業務委託契約は業務を委託する契約、それでは秘密保持契約は何をする契約か、って聞くことがあります。言い換えれば、秘密保持契約を締結する目的は何か?
こう聞くからには、答えは「秘密を保持するため」ではないです。私が考える答えは、企業活動上、何らかの情報をやり取りすることがあり、その情報の取り扱いを定めることがNDAを結ぶ目的であり、秘密保持はその手段だということになります。ただ、情報をやり取りすること自体が権利義務として規定することがなじまない場合なので、「情報提供契約」にはならず、それでもその情報をみだりに第三者に開示せず、目的外に利用したくないときに、秘密保持契約(NDA)を締結するということになるのです。
こう考えると、NDAを締結すべきかどうかにおいて、まず検討すべきなのは、どういう情報をやり取りして、どういう取り扱いをするべきかということを、まず自社できちんとぶれずに固めておくことが必要になります。それをどこまで相手方も含めて共有しておくかは事案ごとによりますが、少なくとも契約書に書かれる水準ではそろえておかないと契約として不安定になります。この点、以前 @dtk 先生が書かれたことの、「0.」にあたる部分につながります。
2. 手のかけられない契約類型としてのNDA
他方、情報の取り扱いをきちんと決めておこうとはいっても、NDAは、取引の初期段階、あるいは取引に直結しない状況でとりあえず情報を提供し、あるいは入手するというだけなので、できるだけ早く締結したい、あまり規定をめぐってがっつり交渉まですることは、ビジネスのスピード感を損ねる、といった事業側の要望はよく聞くところです。
NDAの準拠法を変更するという不毛な議論はしたくないね。そこはパワーバランスで決まるところなので。
— DZA🍻✌︎('ω')✌︎ (@DZA_No1) October 31, 2023
このようなNDAの側面を、「儀式としてのNDA」[i]だと評した @kataxさんに対する違和感を、 @dtk 先生が述べられています。
話は少しずれますが、 @dtk 先生は、NDAは秘密保持の機能をはたしていないのではと指摘されるサバさんの意見に対し、反論をお書きになっています。NDAの文言以前に、情報の重要度に応じた情報管理を充実することが重要ということなのでしょう。さらに言えば、NDAを用いる局面が、業種や取引の相手方、1回の取引か継続反復かによって全然異なる[ii]ので、そもそも乱暴にNDAという切り口自体が意味があるのか、という問題提起もされています。
しかし現実問題として、あまり文言は検討しないでちゃちゃっと結ばれてしまうNDAは相当程度あるのだと思います。そこで、もう文言は都度検討するのはやめて、自社の雛形以外の文言でのNDAは締結しないという強い企業[iii]が出てきて、弱い立場の企業は締結するか情報のやり取りをしないかの二者択一が迫られる一方、OneNDAのように、契約プラットフォームとしてコンソーシアムを結成する提案がなされていますが、必ずしも大きな流れにはなっていないのが現状です。 @dtk 先生は、そもそも儀礼的に締結されるNDAなんか取り交わすべきではないと言われますが、実務で定着している慣行を現実にひっくり返すのはなかなか難しいからこそ、敢えてこういう言い方をしているのではないかと思います。
私個人の経験で言うと、儀礼とまでは言わないものの、取引が始まる予兆としてNDAレビューが来ることで、取引過程の初期から関与できたということはありましたね。
3. 「バタ臭い」NDA
これも @dtk先生が指摘されるように、NDAは、前述した情報のやり取りをどうするかという問題を離れて文言だけ見れば、論点や書き方がある程度定型化されており、一定以上の慣れた法務担当者には定型的業務だと感じられる一方、契約書に普段接していない事業部門の人からは、規定ぶりがやや技巧的に感じられ、とっつきにくい印象が持たれる傾向があります。
どうしてそうなるのでしょうか。
あまり意識されていませんが、NDAの規定は、DDや表明保証と同じく、英米での契約実務に由来しており、それが、通常の取引条件とは異なった規定ぶりになっている理由だと思います。日本語・日本法準拠であっても「この契約に違反した場合、コモンロー上の救済は不十分であり、衡平法に基づく差止請求を開示側はできる」といったメリケンに魂を売ったような規定は、さすがに最近は見かけなくなりましたが、そのほかの規定ぶりは、一部の国を除き準拠法にかかわらずほぼ共通になっています。
このような「バタ臭い」法的概念であっても、DDは、基本取り扱う人が経営企画部門と法務部門という限定的なので、あまり違和感なく取り入れられ、表明保証はその逆に、反社条項など、本来の意味を逸脱した「土着化」が進んでいます。これに対して、NDAの規定ぶりは、秘密を保持するという目的自体が昔からあったことから、「木に竹を継いだ」ような状況があると言えましょう。英米的な秘密保持規定といった黒船の影響が比較的少ない裁判での和解条項では、依然としてシンプルな秘密保持規定にとどまっています。情報管理は、法務部門だけでなく、広く事業部門を含む多くの企業内で共通の話題であるにもかかわらず、NDAの規定が「土着化」されないNDA固有の状況があります。情報管理が海外とのやりとりもある以上全世界汎用にならざるを得ないという事情もあるということかもしれません。このあたりは、NDAと並んで語られることの多い業務委託契約とは異なるんだと思います。
4. NDAって、誰のもの?
NDAが情報をやり取りする際の取り扱いを定めるための契約である、ということからすれば、NDAを必要としているのは、本来その情報のやり取りをしている(事業)部門の人のはずです。法務部門は門外漢のはずで、(事業)部門が思っていることをきちんと契約書に反映できているかをチェックすればその役目を果たしているということになります。
しかし、実際のところ、NDAを取り扱っているのは法務(部門/担当者)であることが多くて、法務の人にとって、NDAは大好きなテーマであったりします。@dtk 先生の参加されたNDAについて法務担当者が語る某会合も、あっという間に満員御礼となったと聞きます。
また、事業部門の人たちには、NDAが来たらとりあえず本来自分たちで行うべき情報の取り扱いをどうするかを決めることをせずに法務に丸投げしてしまうこともあります。
そこで、法務は、自分たち自身が情報の取り扱いを行うわけではないので、別のことのためにNDAを利用するということが起こります。忙しい事業部門に代わって法務が全社の情報の取り扱いをNDAを通して制御するんだとか、どちらかというと法務機能の充実のためにNDAを活用しているという話を、 @dtk 先生が紹介されております。
この、NDAを情報管理のツールを主目的として考えるか、NDAがあることを所与の前提として法務機能の観点から見ていくか、という違いが、NDAを語るときに大きな感覚の相違となってきます。NDAを語るときに、同床異夢という感じをぬぐえないのは、語る主語も、取り扱う様相も異なる人たちが、バラバラと自分を基準に話しているんだからだと思います。したがって、聞く方も、話す人がどのような業種におり、どの立場で、何の目的で話しているのかを想像しながら聞くことが重要になってくると思います。
[i]「挨拶代わりのNDA」と呼ぶ人もいます。(こちらの注5)
[ii] この点において、かつてBLJ誌で行われた企業ごとのNDAに対する取り組みの座談会は、普段1つの業種に属して、他の業種の動向がわかりにくい企業法務担当者から見れば、大変意義深い取り組みであったと言えましょう。
[iii] 知財部門の強い某製造会社は、指定したNDA文言を変えることを全く許容しないというポリシーを貫いているという話を聞いたことがありますが、知財部門が前提としている取引類型でない場合にもそのポリシーを貫いた場合、その分野における取引競争力が落ちてくる可能性は残ります。特にJTCが新規事業やベンチャーにかかわる場合、自社独尊主義を捨てていくことが望ましいこともあるでしょう。
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