« 契約審査について #萌渋スペース | Main | 契約書審査について・補足 »

03/04/2024

契約書審査あるいはCLMについて

こちらの文章の方が先に作ったもので、これをもとにスペース向けにさらに整理したのが先ほどの投稿です。

@dtk
先生のこの呟きに始まる一連のやり取りをめぐり、法務(担当者・組織)が契約書の作成・管理にどこまで拘る(かかわる/こだわる)べきなのかというところで契約書審査や契約書に法務組織がどこまで関与するのかということでブルペンで盛り上がり、久々の萌渋スペースとなった次第。

 

1.そもそも契約書審査とは?

経営法友会の実態調査によれば、2020年において回答企業の70.9%が「契約書について法務部門の審査を受けるルールがある」としており、50.3%の企業が「法務部門の契約書審査をパスしないと社内決裁・稟議が承認されない」としています[i]

法務(担当者/部門)が企業内で締結される契約について関与する場合に、これを広く契約審査と呼ぶ場合もありますが、ここでは、審査について何らかの社内ルールがあって、それに法務部門の関与がないと意思決定ができない制度[ii]のことを、以下契約書審査制度と呼ぶことにします。

2.どのような契約を法務が審査するのか

THE CONTRACTという書籍に、契約書管理規程の例が紹介されています。 

契約書を作成する場合、主管部門は、法務部門に対して契約書の作成を依頼しなければならない。また、相手方から提示された契約書を使用する場合は、法務部門に対して契約書の審査を依頼しなければならない。

この規程ですと、自社で契約書ドラフトを起案できるのは法務部門だけであり、審査は相手方から提示されたドラフトに限ることとなっており、契約書は法務部門が管理することが前提となっていますが、実際には事業部門でも契約書案を起案する企業も多いと思います。

また、同書では、法務部門が契約書全件を審査する全件審査方式と、基準に基づいて法務部門が一定の範囲の契約書を審査する一部審査方式とがあり、「多くの企業では、全件審査方式ではなく一部審査方式を選択しています」としています[iii]。どうして一部審査方式を採用しているのかまでは詳しい説明はありませんが、考えられることは次のようなことでしょう。

まず、全件審査方式を採用すれば、その分法務側の人工(にんく)が増え、法務要員が肥大化することになります。他方、法務要員は取引条件のすべてに知悉しているわけではなく、審査の対象はあくまでも法務的観点に絞られますから、要員が増えた分企業としての効率が増すかどうかには直結しません。また、企業において締結される契約のうちかなりの部分は定型的な取引であり、似たような契約書を大量に審査し、取引自体には関与しないという法務要員としては、ルーチンワークばかりで苦痛度が高まるということも考えられます。

そこで、「契約リスクが非常に低かったり、また修正が不可能な解約など」については、審査不要として、効率的に契約リスクを管理するという手法が採られるのだろうと思います。

もっとも、外形的にリスクが低いと判断するのが本当にいいのかは、別途検討が必要だと思います。例えば、以前審査した契約書と同一文言で締結予定だと言っても、対象となる取引と以前締結した契約書との間に齟齬がないとは限りませんし、同種の取引であっても、法令改正により違法となっているリスクをどう管理するかという問題は残っています。

3.審査とはどのような基準に従って行うのか

これもいろいろな整理の仕方があるかと思いますが、「改正民法対応 はじめてでもわかる法務部員のための企業法務マニュアル」での整理[iv]をご紹介します。

同書では、①内容、②体裁、③社内手続、④リスク、⑤会計・税務、⑥関係法律の6つの面から審査することが有効だとしています。以下、それぞれの内容と、法務が審査することの意義・限界について検討しておこうと思います。

(1)内容

WHというか6WH(5WHに、誰とwhomと、いくらでhow much/how manyとが追加)が網羅的に記載されているかどうかを審査します。

取引そのものに通暁していない法務としては、例えば、どの程度の分量の商品をいつまでに納品するのが企業にとって望ましいか、対価が安いのか高いのかまでは自らの責任をもって判断することは極めて困難です。結局、日本語としての整合性のチェックか、取引所管部門(担当者)に確認するにとどまるのではないでしょうか。日本語のチェックでも、逆の意味になる場合には、取引担当者が企図していることが契約書に反映されているのかという意見を法務が言うことに一定の意義があると思いますが、テニヲハチェックは、法律上の知識能力というよりは、国語力ですから、法務でない人が行っても特に問題になることはないはずです。

取引の内容という点に関連して、昔よく先輩からたしなめられたのは、法務が事業部と同じ目線で取引に口を出すな、ということです。こんな商品がいいとか、いつまでにほしいとか、サービス水準はこれくらいないととか、高い安いとか。面白いんですけどね。それじゃ船頭多くして船山に登ることになってしまいます。創業当時のベンチャーのように、事業側と管理側とが未分化で全員で同じことやるというステージでなければ、法務は法務の得意分野で企業価値に貢献すべきだと思います。

(2)体裁

日付が記載されているか、署名(押印)欄に正当な権限を持った人が署名(押印)しているか、実印の場合は印鑑証明書と照合されているか、などです。これは形式チェックですから法務でも確認できますが、法務でなくてもチェックリストさえあれば誰でもできることです。敢えて法務が行うのがいいのかは、十分に検討するべきでしょうね。

(3)社内手続

ほとんどの企業は、意思決定のために必要な手続を社則で定めていると思います。誰が決裁権限者か、決裁までに誰が発議して誰に合議すべきか、そもそもどの部門が所管するか、などです。これらが適正に行われているかどうかの確認を、自社のみならず相手方についても行うことになります。相手方については、手続の履践を表明保証させた事項を規定しているかの確認や、印鑑証明との照合を行うことになります。

表明保証規定の内容の確認は法務が得意そうですが、自社の手続の確認や、印鑑の照合などは、法務でなくてもできることです。

(4)リスク

企図している取引にどのようなリスクが内在しているのか、そのリスクを回避するための規定が契約書に織り込まれているかの確認です。しかし前者について、取引自体に関与していない法務が網羅的にリスクを想定することは困難と言わざるを得ません。例えば、原材料費の高騰リスクだとか、金利上昇リスクの定量的な把握は法務としては困難です。せいぜい類似取引において入っている規定があるかという程度の確認に留まるのではないかと思います。これも、過去経験がそれなりにあれば、有益なアドバイスをすることもあるでしょうが、契約書の文言だけで判断するのは難しい[v]でしょう。そこで、所管部門がリスクとして考える項目と、企業として標準的にリスクとして考えている項目[vi]とへの対処がきちんと契約書に反映されているか、稟議等の意思決定手続きにおいてそのようなリスクを踏まえて意思決定がされているかどうかということを中心に、法務は審査していくことになると思います。

(5)会計・税務

契約書の規定ぶりによって、思わぬ会計処理や税負担が生じないように確認することになりますが、法務は会計・税務の専門家ではないので、財務部など社内の所管部門に確認をお願いするか、それらの部門の確認が取れていることの確認に留まるのではないでしょうか。

(6)関係法律

契約の規定ぶりが、特定の法律に違反していないか、特に取締法規、刑罰規定に抵触しないかの確認となります。これは法務がその知識を生かして確認できる項目になるでしょう。もっとも、dtk先生が言われるように、「取締法規の一部、特にメーカーであれば製造プロセスに対する規制に関するもの」については、形式的に法令準拠の確認と言っても、法務が適任でないことも考えられ、そのような場合は、より適切な専門知識を持った担当者・部署に確認を求めることになるでしょう[vii]

こうやって見てくると、一般的に契約書審査といわれている内容でも、そのすべてを法務が行うことが本当に適切なのかについて、ヨクヨク検討してみた方がいいと思います。個人的には、(6)の取締法規、刑罰規定の確認と、所管担当者が企図している取引が契約書で実現できているのかを、事業担当者へ確認すれば、契約書審査としては必要最小限の水準は満たすのだろうと思います[viii]。これを超えて、企業理念を契約書に織り込むべきだとか、当社はこんな取引をすべきじゃない、ということを言えるのは、法務担当者というよりは、法務責任者や法務部門が社内において発言力がある場合に限られるのではないかと思います。「チェック」という言葉以上のミッションを経営者から法務が求められているということは、僥倖なんだろうと思いますが、もはや契約書審査の域を超えているのではないかと思います。

4.契約遵守状況の確認

契約締結前に行われる契約書審査に加えて、締結後の契約の遵守状況をどのように管理するのかという観点から、契約条件と締結後の遵守状況を契約書管理(Contract Lifecycle Management: CLM)と称して法務が関与するという手法が提唱されています。例えば、業務委託や賃貸借のような期間のある契約において期間満了時期や、支払が複数期に及ぶ場合の支払期限その他契約に規定された義務の履行状況を管理することになります。「管理する」という言葉が何を意味するのかは、企業によりますが、基本は法務自身が義務を履行する役割ではないことがほとんどだろうと思いますので、所管部門に注意を促すとか、所管部門の求めに応じて状況報告をするということに留まるのではないかと思います。

しかし、契約書審査と同様、企業が締結するすべての契約における義務の履行状況を法務が管理するという企業はおそらくほとんどない(単機能の会社で、かつ、会社設立時から役割として契約管理が課されている法務がある、という会社だろうと思いますが、書いていて現実的でない)と思います。契約書審査で一部審査方式が採られていることがほとんどであるのと同様、CLMを導入も一部の契約類型や、重要な契約に絞って法務が管理するということになっていると思います。先日聞いた某セミナーでも、登壇した企業の方々は、みな一部管理方式でした。

法務以外の担当部門は、契約書をどのように保管し、きちんと遵守しているかを確保しているのでしょうか。同種類の取引を反復継続して行う場合には、業務システムを導入して、主要条件を入力し、管理していることがあります。場合によっては、そのための事業本部内管理部署が存在している企業もあります。その一番の典型例が、労働契約を管理している就業システムでしょう。そこまでの本数がない場合、表を作成するなどして一覧性を確保し、組織的に管理している場合もあれば、担当者が個別に管理している場合もあります。よく、契約書審査にかかる契約書は、反復継続して類型的に行われる取引についての契約書(そのような契約はあらかじめ約款だとか雛形において締結されることが通例です。)ではないことから、法務から見れば、審査対象となる契約書は事業部が個別に管理していると見えていることが多いのだろうと思います。

5.契約書はだれの(ための)ものなのか、何のためなのか問題

 

契約は、企業活動のうち、概ね取引に係わる領域に属します[ix]。しかし、契約は取引そのものではありません。取引に際して意思決定する事項は契約書の条項に記載されていないものもあります。例えば、設備投資を行うための契約(原材料の購入契約、施設の請負契約など)には、その設備投資を行う目的や予想される収支の記載は通常ありませんし、想定されるリスクについても、すべて契約で外部に転嫁できているということはまずないでしょう。その意味では、契約は取引について決めごとの一部を文書化したに過ぎない、ということになります。

反面、契約書には、取引を直接担当する人にとって余計なことが書いてあることが通例です。特に、取引がうまくいかなかったときの扱いは、直接の担当者から見れば、余計だと理解されてもおかしくありません。その“余計”なことのすべてを“取引”のオーナーである事業部の人が理解することは困難ですし、極論を言えば、分かる必要もない場合もあります。しかし、企業全体にとって必要なのであれば、直接の担当者ではない、そのような条項に詳しい法務が担当してこだわるというのも、企業のリスクマネジメントとしてあり得るところでしょう。取引を直接担当している事業部門にとって、契約書の少なくとも一部は、自分ではよくわからない(がおそらく企業全体にとっては意味があることなのだろう)ことが書いてあることになります。

かつての自分は、このような考えを取らず、およそ契約書に書いてあることは、すべからく事業担当者が理解しなければならない、と考えていたことがありました。したがって、いかに企業にとって有利であったとしても、事業担当者が理解できないのなら、それはその企業の限界なのだから、法務が積極的に付け加える必要はないし、事業担当者は歯を食いしばって契約書を理解しなければならないと。しかしいつのころからか、事業担当と法務担当とがそれぞれの得意分野を生かし、自分に足りないところを補ってもらって企業全体として最大限の力を発揮するのがよいという考えに至りました[x]

行為準則か裁判規範かという問題の立て方も、二律背反ということではなくて、事業担当にとって行為規範(の一部)として機能もすれば、紛争発生時に裁判規範としても機能するのが契約書なのだろうと思います。その契約書がどのような場面で用いられるかにより、行為規範性を重視する場合もあれば、裁判規範性を重視する場合もあります。

6.残るは、契約書を読まない問題だ

契約書の締結、管理について、事業担当と法務担当がそれぞれの役割を果たし、経営がきちんとモニターして判断する、ということであれば、それは幸せなことなのでしょうが、それぞれの役割を果たしていない状況は、企業にとって望ましいものではないばかりか、往々にして、法務担当に不当な負荷を及ぼすことになります。

事業担当が「契約書は読めない」場合、すなわち、規定ぶりが複雑、技巧的で、その真の意味がつかめない、というのであれば、その規定を理解する能力を持った法務担当や外部弁護士に趣旨を確認すれば「読んだ」ことになるでしょう。問題は、「読む」「理解する」能力があるにもかかわらず、少なくとも取引の大宗に係わる項目を(外部の力を借りても)理解しようとしない、つまり「読まない」のであれば、契約、ひいては取引に係わる事業担当の役割を放棄しているということになるのでしょう[xi]

だからと言って、法務担当が事業担当をおいて、事業担当が行うべきことまで巻き取ればよいのでしょうか[xii]。その場合、おいておかれた事業担当は企業においてどのような付加価値創造に与るのでしょうか。また、そもそも法務担当が事業に関する意思決定及びその実行について、事業担当に比べて優れているということは保証されないでしょう。特に、契約書によって実行される事業の期間が長期間で多岐にわたる場合、事業をきめ細やかに運営する能力に法務が長けているとは、思えません。司司に任せる点は任せた方が、結局良い結果を生むはずです。

契約書を読むべき人が読まない問題をどう克服していくかが、契約管理の最も大きい課題であると思います。

 

[i] 経営法友会、会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告、商事法務、2022年、186

[ii] ここでいう契約書審査とは別に、契約書を所管する担当者から、契約書をどうするのか法務に相談に来ることがあり、その中で法務がリスクについて提示して、事業部としての対処を求めるということがあります。この場合、そのリスクをわかったうえで所管担当者がそのリスクを受け止めれば、法務としてはそれ以上のことは言わないということになるでしょうが、審査という意思決定手続の前段階であれば、審査が完了しなければ意思決定できないという意味で、拒否権を法務が持つことになります。ですので、単に契約相談のときの意見と審査での意見とは、重みが全く異なることになります。

[iii] (株)LegalOn Technologies、奥村友宏(編)、THE CONTRACT、商事法務、2023年、25

[iv] 河村寛治、宮田正樹、河西潔、改正民法対応 はじめてでもわかる法務部員のための企業法務マニュアル、第一法規、2019年、84

[v] 「契約締結に伴うリスクは、法律上のものだけに限らないし、企業内法務でそのリスクすべてを引き受けきれるはずもない」とは、まさにそのとおりだと思います。

[vi] 「拡大ブルペン」において、事業担当者が大きなリスクと考えていない項目なりリスク水準を、法務が敢えて指摘するのか、という問題提起がありました。紛争時に関与する法務としては、どうしても保守的に、「石橋を叩き壊して危ないという」弊に傾きがちであり、他方、(特に失敗の経験の少ない、あるいは、失敗に対して鈍感な)事業担当者は、法務担当者から見て危なっかしいことも楽天的に見がちです。企業として、どちらのリスク許容度を採用するべきかは、本来経営の仕事であると思いますが、細かい契約条件まで経営がいちいち見ているかというと、そんなことはなく、結局力関係で決まってくる側面がぬぐえません。

[vii] M&Aに際して行われる法務デュー・ディリジェンスでも同じことが妥当します。クロージング後対象事業に関し重大な法令違反が発覚することは、一定程度ありますが、それらの中には法務デュー・ディリジェンスの項目に入っていない項目があります。重大な法令違反のチェックを法務デュー・ディリジェンス任せにしておくと、まさかの抜け漏れが存在することを念頭に、事業継続上重要な事項については、ビジネス・デューディリジェンスでも見ていくことが求められます。

[viii] この点に関し、dtk先生がいう、契約書審査の役割として「①コンプライアンス上内容に疑義がないことの確認と、②①を前提とした契約に伴い生じることが想定されるリスクの最適化という観点からの内容の審査、内容変更、および最終的に確定した内容の社内承認過程への、企業内法務部門の関与の一切」という点について、①については、法務の役割であることについて異論はないものの、②については、(リスク、という言葉に何を盛り込むかによるものの)法務がコントロールすることが適任かどうかは、検討を要すると思っています。dtk先生自身の考えは「審査の名の下に企業内法務が拒否権を持つようなことはあまりないのではないか。あくまでも協議はして、事業部門の取り得るリスクの範囲に収まっていればそれ以上は何も言えないことになるのではなかろうか」というものですが、本稿での整理であれば、それは契約書審査ではない、ということになります。

[ix] 労働契約(就業規則)は、企業が労働力を労働者から購入する契約と考えれば取引でしょうし、秘密保持契約は取引準備のための情報のやり取りについての契約なので、取引に係わると言って支障ないでしょう。例外がないかと言われれば、災害時の寄付(贈与契約)など非営利の社会貢献に関する契約などは取引に係わるとは言えないかもしれません。

[x] このような考えに至った一つのきっかけは、海外案件の契約を取り扱ったことでしょうか。アメリカ合衆国の取引実務上、長く技術的な契約書それ自体を事業担当者が理解するのは難しいし、むしろ生半可な知識で理解することの方が危ない。専門家に任せるべき点は任せて、事業担当が判断するべき項目に依頼者は特化すべきだという考えをアメリカでは聞きました。半面、契約交渉は弁護士が仕切るんだと弁護士がしゃしゃり出た某国での合弁契約では、事業理解のない弁護士は交渉に耐えられず、結局事業担当者が少なくとも契約のフレームワークはすべて交渉していたという事例も経験しました。

[xi] 裏面約款や、事業者間の力関係でおよそ契約交渉ができない場合であっても、あるがままに受け入れるのではなく、受け入れることで企業にどのような影響があるかを、必要に応じて外部の力を借りつつ、理解しておく必要があると考えます。

[xii] ハイネマンの「企業法務革命」には、企業活動の「現場」が出てきません。彼に見えているのは経営者と法務ばかりのように見えます。

« 契約審査について #萌渋スペース | Main | 契約書審査について・補足 »