白石忠志『法律文章読本』を読んで
白石先生の話題の新著、『法律文章読本』を通読してみました。
中学生時代の愛読書が本多勝一の『日本語の作文技術』※(本書でも引用されている)であり、高校でも木下是雄『理科系の作文技術』を食い入るように読んでいた自分としては、この手の文書読本をある意味懐かしさを持って読みました。懐かしさのあまり、積読山の最底辺にある三上章『象は鼻が長い』だとか岩淵悦太郎『悪文』を取り出して、活版印刷特有の凸凹した紙面を愛でてしまいましたよ。
さすが法律家の書いた文章読本と思ったのは、いくつかの事例から自分なりのルールを設けたり、突然天からプリンシプルが降ってきたりというようなことではなく、典拠となるルール(公文書作成の考え方)を示し、それとの対照においてあるべき文書像を示しているところです。あと、「公文書作成の考え方」がごく最近(2022年)に改訂されていたということや常用漢字も増えているということは、本書を読んで初めて学んだことでした。
以下は、白石先生の文章読本そのものへの感想というよりも、読んで自分の興味が刺激されたことをいくつか書いていくことにします。
※『日本語の作文技術』の中で一番好きだったのは、現在入手できる文庫本では削除されてしまった、万年筆やインク、原稿用紙のところの記載で、それに刺激されて、丸善だとか、今は亡き新宿の紀伊国屋アドホック店だとかに行って、文房具を憧れをもって見ていたことを思い出します。
「本(本件)~」という用語
「『この〇〇』という意味で、『本〇〇』という表現も、古い言い回しの一種である」(25頁)という記載については、民間で契約書を扱っている立場からは意外に思いました。おそらくは、本書が法令や公文書の文章を念頭に置いているので、「古い」という評価がされたものだと思います。ただ、契約書においては、定義語を一般名詞から区別する目的で「本〇〇」だとか「本件〇〇」と書くこと[1]は、今でも通常[2]です。例えば、「本物件」だとか「本件会社」など。自分は法務歴の初めのころ、ある弁護士から、英文契約における定義語で冒頭が大文字になるのと同じだと聞きましたが、その考えがスタンダードであるかは今でもよくわかりません。いずれにせよ、外部から見ると同じ法的な文章を扱っていると見えても、だいぶ違うんだな、という発見がありました。
格助詞「と」の用法
「と」は法令や契約書では、通常用いません。並列のときには「及び」「並びに」を用いるからです。そういう意味では、少し柔らかい文章で用いる助詞ではありますが、今では普通に公用文に用いられています。
今となっては、誰から聞いたか、根拠があるのかわからないのですが、並立関係を示す格助詞の「と」の用法として、「AとB」ではなく、「AとBと」と書くのが本来だと思っていたのですが、本書ではそうなっていなかったので、あれっと思いました。改めて「公用文作成の考え方」を見ても「と」が2回出てこない(例えば、「『から』と『より』を使い分ける。」)ので、現在の正則の使い方ではないのだろうなと。
間投助詞「や」も列挙するときに用いますが、やや口語的な印象があるので、自分としては業務上の文章には極力用いないようにしています。もっとも「公用文作成の考え方」では、複数の利用例があります。何なら列挙の場合には「と」よりも多いくらいの感じを受けます。公用文のようなある程度固い文書ですらそうなのかと少しびっくりしました。
段落の1字下げ問題
本書198頁でも記載があるように、公用文では、段落が変わった後は1字下げるのが原則です。本書でも少し言及があるように、この原則は文書を紙に印刷するときを前提にしていると思います。ですから、紙となるようことが前提の印刷原稿であれば、私も1字下げをしていますが、普段の文章では、最近は1字下げをしなくなりました。
1段下げをスペースで行うのは、文章を編集した際に変なスペースがついてくるので、あまり用いたくないし、かつての一太郎であればスペースでしたが、MS Wordで一段下げのスペースをキーボードで入力すると、自動的にインデントとなるので、テキストデータとしてはスペースは入っていないことになります。そういう1字下げの段落データは、フォントの大きさを変えると変な下げになってしまうのです。また、会社で通常作成する文書は、段落のある長い文章よりは、箇条書きを多用していますので、今更1字下げというのも体裁としてあまり使わなくなってきています。
紙に印刷する前提でなければ、1字下げをする代わりに、段落が変わるときの行間を調整すればいいのではないかと思っています。
典拠を示す
アカデミックな文章一般にあてはまることですが、何かを主張する際に、依拠した文献があればそれを示すのが、マナーでありルール(違反すればアカデミアから制裁を受ける)です。本書においても、「文章が、他の文脈において依拠され転用されていくであろうということも意識する必要がある」(52頁)と、正確な引用が法律文章においても有用であることを前提とした記載があります。
公的な法律文章の場合、文献一般まで網羅的に引用・参照文献を示すということは、わが国では一般的ではありませんが、法令、行政機関における告示、通達等、裁判例については、根拠として記載することが通例です。本書において、法令については、どのような記載で引用されるべきか、白石先生の「第」についての考えを示しているのに対し、通達等の表示については記述は見当たらず、裁判例[3]についても、「伝統的に、判決などは、判決の年月日と、掲載された判例集の巻・号・頁で引用されることが多かった」が、紙へのアクセスは容易ではないこと、データベース掲載も増えていることから、「事件番号が分かると、便利」というにとどまっています(33頁)。この点、アメリカ合衆国では、Bluebookというデファクトスタンダードがあります。
わが国でも「法律文献等の出典の表示方法」がありましたが、ここ10年ほど改訂がなされておらず、どのような形式で引用を行うべきかの標準がない状態が続いています。特に、白石先生が指摘するように、裁判例のデータベースがより普及し、収録裁判例も増えている状況にどう対応したらよいか、という点からの検討がされていないことが、大きな課題だと思います。
注釈の使い方
本書の注釈は、引用文献・参照文献を示し、ごく短いコメントをするにとどまります。
ただ、法律関係の文章において、注釈をどのように扱うべきか、述べていることはあまり見たことがありません。ある人は参照文献のみ、ある人は、本文とはちょっと異なった細かい記載や私見、ある人は、注釈に本音を含ませた記載と、人によってバラバラである一方、どうしてそのやり方をしているのか、という点についてまで述べてくれず、自分の文章スタイルを築くうえで、悩むことは多い[4]です。
是非一度、白石先生の注釈観も聞いてみたいところです。
[1] 「本~」とするのと「本件~」とする流派がありますね。どちらでもいいですが、一つの契約書の中で、「本~」と「本件~」とが混在するのは良くないとされています。もっとも、それも根拠を見たことはありません。
[2] 勤務先の40年くらい前の標準契約文例を見ると、「この契約」と書いてあるのですが、ある時期から「本契約」という記述になっています。
[3] 本書の取り扱う領域とは別になりますが、裁判例、判例を法源としてどのように扱うかという点について、裁判所内部の取り扱いが、弁護士や企業法務関係者と必ずしも共有されていないのではないかと思います。ずいぶん前になりますが、裁判所内部にも詳しい弁護士さんに聞いた話として「日本の最高裁判事、最高裁調査官となる裁判官のほとんどは、アメリカのロースクールや裁判所に留学・研修に行っており、アメリカにおける判例法の形成や実態について勉強している。それを受けて、最高裁の判決は、事例判決と判例形成となり得る判断、判例部分と傍論との区別について、かなり自覚的であり、それとわかる記述をしている。また、下級審の裁判官のうち、一定部分も、それを受けて判例を意識した判断をしている。」ということがあります。その真偽は別としても、判例と単なる事例判決、最高裁判例と下級審の判決例にみられる準則、個別判断とを区別せずに裁判例の引用をする例が、(敢えてわかっていて使うこともありますが)準備書面や法律文書に見られるのは、どうなんだろうと思うことがあります。
[4] 個人的には石黒一憲先生の著作における脚注にはまった時期がありましたねぇ。
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