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10/19/2024

実務の落とし穴がわかる!契約書審査のゴールデンルール30

あの松尾先生が今度は契約審査についての本を書く、とのことで、どんなものが出てくるだろう、と楽しみにしておりました。“甲弁護士”が依頼者である“A社”からの契約レビューの依頼を受けて仕事を完了するも、その都度「落とし穴」に落ちて、上司か先輩である“乙弁護士”から注意されたり、落ち込んだりする話が30あり、そのことを通じて契約レビューについての筆者の考えをまとめています。なかなか類書にはない点も多く、面白く読みました。

まず、筆者は、契約レビューはリスク管理だ、と冒頭に述べ、その観点で一貫して望ましい契約書審査について論じております。この点、今年出た『Q&A 若手弁護士からの相談99問 特別編リーガルリサーチ』において、リスク管理のために必要な調査をいかに行うかという観点からリーガルリサーチについて述べているところと通じるところがあります。

もっとも、リサーチについての個別の意見については、本書と99問との間で若干の違いがあり、本書では基本的に「法学者」の文献を根拠とすべきであり、一般向けや講演、webサイトの記事などは根拠として不相当としているのに対して、99問では、「あたりをつける」意味では後者の文献も有用であるとしております。また、最近の法領域では、「法学者」が論文を書くよりも、実務家が積極的に論文を発表している、それも必ずしも査読論文ではないということが多々[i]あり、果たして現実的なのだろうかと思うところもありました。

「落とし穴」に落ちるパターンとしては、大きく2種類あると思いました。一つは、当然知っているべき知識がない場合です。例えば、根保証(14)、著作権法27条・28条の特掲(16)、下請法(19)、クラウド契約(21)など。全体として、IT契約については、記載される知識レベルの要求度が高いような気がしたのですが、これは、筆者が日常的に相談を受けている領域がそうなのでしょうか。ERPFit&Gap分析とかは、企業法務を担当している企業内外の法務関係者はどれくらい知っているんだろう[ii]と思います。

もう一つは、契約で企図されている取引や当事者の組織への解像度が足りない場合です。修正の分量(2)、無催告解除条項を入れるべき状況(9)、存続条項が永久だと不適当な場合(10)、目的物と仕様(11)、業務の中に個人データの委託が含まれるか(17)など。ただし、こんな依頼者内部の解像度が高いことを、「甲弁護士」といった、外部の若手の弁護士が本当にわかるんだろうか、といったことも書いてあり、どちらかといえば、企業内法務パーソン向けの記述ではないかと思った箇所がいくつもありました。例えば、軽い取引しか対象にしていないないといってレビューした基本契約が重い取引のときに漫然と用いられるという話(15)は、果たして外部の弁護士の責任と言えるのか、むしろ、軽いといった依頼者の問題ではないかと思います。また、IT契約においては、法務部門に属する法務パーソンでもわからない点があるのではないか、そこは、システム部門を信頼するほかはないのではないか、ましてや、外部弁護士にそこまで期待するのではないかと思うような記述ではないかと感じました。筆者は、システム開発契約(22)において、「ITについてはもちろんベンダが専門性を有しますが、個々の企業や業界に特有の業務についてはベンダとして知る由もありません」と言いますが、「IT」を「法律知識」「ベンダ」を「法務(外部弁護士、企業内法務組織の担当者)」と言い換えても全く違和感がありません。だからこそ「二重の専門性」を有するべきだと、筆者は論ずるのですが、それを一人で行うのが本当に適当なのか、という疑問を持ちました。

M&A契約については逆に、外部弁護士が行う検討項目の範囲に収まっている印象を受けました。DDをしないで買ってしまってリスクが顕在化した話がでてきます(26)が、いまどき全くDDをしないで買うということは、仮に譲渡価格が1円だとしてもあまりないと思うのです。時間的問題や売主の協力が十分得られないで必ずしも十分な法務DDがなされない場合の方が現実的な気がします。さらに、仮にフルパッケージの法務DDをしても発見できないリーガル・コンプライアンスリスク[iii]もあります。DDはした方がいいが、限界がある、それでもDDをする意義があるという書き方[iv]の方が深みがあったのではないかと思いました。また、明示的合意がなければアンチサンドバッギングとなるのが原則というのは、裁判例の紹介としてそこまで行っていいのか。いわゆるアルコ事件は判例と言えるのか事例判決に過ぎないのかは、検討の余地があるのではないかと思います。概して、(少なくとも日本の)M&Aは、契約でリスクが管理できる部分の限界が多く、クローズ後の相手の倒産にしてもキーマンの退職にしても、契約だけでリスクを管理するというよりは、契約外の対応とのセットでリスクを管理していくことが求められます。弁護士・企業内法務ができることは、部分に過ぎないということを認識しておく、それでもできることはやる、ということなのではないかと思います。

筆者はさらに、契約書自身が変更できなくても、リスク告知をすることが必要だと述べています。ただし、それで終わりにしていいか、リスク告知したけれども契約書が変えられず、リスクが顕在化した場合、弁護士や法務は「だから言ったじゃないか」と悦に入ればいいというものではありますまい。安易にリスク告知でお茶を濁すことは、戒めるべきではないかと思います。 

もっとも、以上に述べたような違和感があるからと言って、本書を読まない理由にはならず、契約書審査についての良書の一つになることは間違いありません。特に冒頭の部分の契約レビューはリスク管理だという点だとか、契約を見るポイントとしては、定義、原則と例外、平等[v]が重要だとか、「画期的なものには何か裏がある」というあたりの、筆者の経験に照らされた知恵には感銘を受けました。また、30の落とし穴が終わった後にある終章に紹介される細かいTips[vi]が、特に経験の浅い法務担当者には非常に参考になると思います。

【追記】13でリコールについて記載されていますが、消費者法と民事法との立脚点について理解されたうえでの記載なのか、少し気になりました。消費財を製造会社がリコールするのは、必ずしも民事法上責任を負うべき欠陥がある場合に限られず、広く消費者の安心・安全が損なわれるおそれがある場合に行われるものと承知しております。したがって、PL条項の有無にかかわらず、リコールを行ったことの費用の求償を供給側に求めることは、そう容易ではありません。この点、本書では原材料の供給契約において供給側に協力義務を課す規定を設けるべきことを提唱されていますが、具体的にどのような場合にどのような協力をするのかは、明確ではありません。(この点、いわゆる協議条項に似ている側面があります。)

民法的な発想しかない法律家に相談すれば、民事責任を負うか立証されていない中で責任を認めるような行為を撮れば、責任を追及される可能性があるというアドバイスをされることがあります。まさにそういう観点から、「法律的に正しい」ことが消費者との関係で正しいのかという教訓を我々は紅麹案件で経験したばかりです。もう少し、深く突っ込んだ記載を期待したかったところでした。

[i] 以前松中先生が指摘されていたことかと思いますが、旬刊商事法務における論文の執筆者は以前は学者が多かったのが、いまは圧倒的に弁護士、当局関係者など実務家が多くなっており、商事法務の領域では「法学者」の書籍、論文では対応が難しくなっているのがその一例です。

[ii] もっとも、AIというかLLMについては、引用されている一橋研究の論文も読みましたが、最新の状況に追いついているのかと思われるような、保守的な見解が気になりました。

[iii] 例えば、技術的水準が法令で定まっている場合や、労働法リスクでも安衛法・安衛則の細かい点については、法務DDでは通常みませんし、外部弁護士に依頼しても専門外なので、どうしてもDDをしたい場合は、法務以外の専門家を起用することになります。

[iv] 160ページに「重要性の原則(リスクベースアプローチ)に基づき、一定の取引額等で「裾切り」をしてDDにおける調査範囲から外した部分でリスクが発現するかもしれません。」とあり、そのような場合でも「現にトラブルとなっている取引先があればその情報は提供するよう求めることで、このような状況を減らす」という提言がありますが、どこまで調べるかという点については、限度があるので、どこかで割り切らざるを得ません。

[v] 私見では、「平等」というと機会平等か結果平等かとか、取引・商流ではヨコではなくタテの取引があるので、当事者間の立場は一緒ではないこともあるということから、平等ではなく「公平」の方がふさわしいと思います。

[vi] このような感じです。このあたりは幅野本と併せて読むと理解が深まるのではないかと思います。

  • 定義語には「本」「本件」を付す。
  • 定義規定の中で権利義務を定めない。
  • 初出時に定義し、一貫して同じ語を利用。
  • 理由の説明のない修正は避ける。
  • サイレント修正は最悪。
  • 理由付けの説得力を上げる。
  • ターンを有効に活用する。
  • 各当事者が言いたいことを最低限踏まえる
  • キリのいいところで別の案件の手を止めて、いま来た契約レビューの依頼を検討する。
  • 弁護士に求められているゴールを理解する。
  • 資料・情報の不足を確認し、埋める方法を考える。
  • コミュニケーションが必要な事項を確認。
  • 具体的事案におけるリスクがどこで発現しそうかを適切に抽出し、対応を行う。

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